世界酒に向けた技術的道筋

Written by Shoya Imai

SAKE、「日本酒」が「世界酒」になるための展望を技術的側面から整理しました。

 1. Botanical & Mineral
 2. 硬水醸造法
 3. 冠進化


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1. Botanical & Mineral

三軒茶屋醸造所にて、2019年の年初に《FONIA SALT prototype 〜花酛〜recipe no.015》という“ボタニカルSAKE(米と麹を中心としつつ、植物由来素材を発酵副原料に取り入れたSAKE)”を醸造しました。すでに蔵内在庫は完売ですが、このお酒の設計から連なる世界醸造の挑戦に向けた伏線の話をまずさせていただきます。

FONIA SALT prototype
〜花酛〜 recipe no.015

博物学リンネ三界の《鉱物界(mineral)》との調和を目指した第一作。モチーフは「花酛×ゴーゼ」。諸国ドブロク宝典に記述のある岩手の民間どぶろく製法《花酛》を採用し「西洋唐花草(ホップ)」を酛立てに使用。沖縄海塩4種と庄内藻塩で発酵促進しつつ旨味とコクを引き出し、鳥海高原ヨーグルトと山形産ドライフルーツで香味を調え、最後にドライホッピング。塩と乳酸菌を発酵に用いるビールスタイル《ゴーゼ》との融合です。上槽後無濾過のため原料由来の澱がございます。塩が与える生命現象への不可思議をご体感ください。

醸造年度:平成30酒造年度
製造年月日:H31/2/22
(醸造期間:H31/1/17〜2/18、上槽2/19〜2/21)
原料米:出羽燦々(山形県産)、つや姫(山形県産)
精米歩合:麹米70%、掛米70%
副原料:ホップ、塩(沖縄海塩・庄内藻塩)、ヨーグルト、ドライフルーツ(ピオーネ・シャインマスカット・すもも)
使用酵母:協会6号酵母
製造方法:花酛白麹天然塩二段仕込/Botanical/Non-Filtered
アルコール分:14度

「花酛(はなもと)」という言葉には馴染みのない方がほとんどだと思います。これはSAKEの歴史や技術に精通した方でもおそらく同様で、Google検索してもヒットしない文字列でもあります。これは、『諸国ドブロク宝典(1989年、農山漁村文化協会出版)』という日本各地の民間伝承製法をまとめた書物に登場する、どぶろく製法のひとつです。酒税法によって自家醸造が密造とされている現在では、禁書といってもいいかもしれません。僕の次兄が東京農大醸造科在籍時に都内で購入し、実家群馬に置いてあったものを、三軒茶屋醸造所創立の際に見つけ東京に再び持ってきたものです(※編集注:2020年3月に復刊)。

どういう製法かというと、“唐花草(からはなそう)”という日本原産「山ホップ」の毬花を煮出し、その煮汁を仕込水として使用すると、どぶろくが美味しく造れるというものです。三軒茶屋醸造所では、多様なボタニカル(植物由来素材)を発酵に採用していますが、以前三軒茶屋で独自発案した《黒茶酛(=乳酸発酵した茶葉である「黒茶」を煮出し、その茶を仕込水として酛立てする酒母技術、recipe no.006)》に続く、発酵初期からボタニカルが関与する好奇心をそそる製法だったため、ぜひやろうということでレシピに落とし込むことにしました。

問題点として唐花草の入手が困難だったことから「西洋唐花草(=ビールで用いるホップ)」で代用。塩と乳酸菌を一緒に発酵させるドイツのビールスタイル《ゴーゼ》を参考に、この2つを統合させて「花酛×ゴーゼ」をモチーフとした異なる文脈を融合したボタニカルSAKEとしてコンセプトを固めました。

思えば、昨年2018年は史上初のボタニカルSAKE《FONIA(フォニア)》が本格的にリリースされた年であり、さらに夏には《WAKAZE三軒茶屋醸造所》が創立。そういった意味でも、2018年の自分の中での大きな発酵テーマは【Botanical】でした。では、その「BB(BeforeBotanical)/AB(After Botanical)の世界観」の次は何が来るのだろうと思案するなかで、2019のテーマを【Mineral】と決めました。

Mineral、つまり“塩”というテーマも非常に深いものがあり、文献を読み進めるほどに、世界各国の多様性やいまのSAKEに重なるような「工業化を強いられてきた歴史」を感じるようになりました。(例えば、明治期の国費調達のための「専売制」、昭和期の「塩業近代化臨時措置法」による塩田製塩法廃止、イオン交換樹脂皮膜製塩法による工場大量生産方式の採用など)。合理化の名のもと、各地の非合理とされる太古からの製塩文化の破壊がSAKE同様に進められたといえます。
また、自然界を捉えていく上で、『博物学(Natural history、直訳で自然史)』という切り口が存在しますが(東洋における「本草学」)、その中でも自然界を分類する最も古い“界”の区切りは学名の命名法を考案したリンネによる三界、つまり【動物界】【植物界】【鉱物界】とされています。現在の学術的な界の分類・定義は、微生物の発見などに伴い、度重なる改修が進められていますが、人間の世界から見た自然界の分類は西洋においてもこの3つの区切りが素直で妥当な感覚だったということでしょう。

以上の思案を深めていく中で、“調和”という意味を込めたFONIAシリーズが《自然界と微生物との調和》を意図するとしたときに、Botanicalの取組みとは、自然界を大きく分けた三界のひとつ【植物界】との調和を究める道筋であり、一方で、Mineralの取組みを行うことは、また異なる界である【鉱物界】にアクセスし紐解いていくことなのではないか、と感じるようになりました。そういった意味で、従来のFONIAシリーズ(和のボタニカル、世界の茶葉など)とは一線を画す《FONIA SALT》として、異なる発酵体系であることを明示しながらお酒の具現化を進めていきました。

商品設計単体としても、花酛やゴーゼといった未知の挑戦によって充分意欲的な領域に踏み込むわけですが(実際、花酛の科学的合理性については先行研究がなく想像の域を出ない、ゴーゼの再現のためにヨーグルトなど禁じ手の素材すら採用)、仕込水にミネラル豊富な沖縄海塩(宮古島の雪塩など)を4種類ほど溶かし込むことで、《Mineral》への挑戦に大いなる伏線を込めました。
つまり、世界醸造における「硬水条件の発酵体系」の技術訓練として経験を積もうとしたのです(Mineralに連なるテーマとしては、これ以外にも「五味としての塩味」、「神棚へ祀る塩」、「身体との浸透圧」という切り口もありますが、それはまた別のお話としてお伝えできればと思います)。

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2. 硬水醸造法

現代日本のここ100年くらいの酒造技術のベースには『軟水醸造法』という発酵体系が深く関わっています。そして、日本は軟水の国なので、「SAKEは軟水でこそ美味しいお酒が造られる」という認識が現代にはあります。

しかしそれは歴史を遡ってみれば、わずか明治時代中期に端を発し、三浦仙三郎という広島の偉大な技術者が切り開き、体系化し(明治31/1898年「改醸法実践録」発刊)、その美酒による実績により全国に伝播した「軟水醸造法」登場以降のことです。
それ以前の江戸の時代では、むしろ硬水寄りの“灘の宮水(みやみず)”で造られたお酒こそが至高とされ、『下り酒(上方から江戸へ下る価値のある酒)』として名を馳せ、熟成や海上輸送に堪えうる強い酒質で人々に愛されていました。下り酒以外の酒はむしろ「下らない酒(取るに足らない=“下らない”の語源)」という評価であり、田舎の不安定なお酒として大きな流通に乗ることは稀だったと思われます。

その勢力図を技術の力で変革したのが「軟水醸造法」です。
広島の挑戦の歴史に連なるように、三浦仙三郎の息子世代の新政酒造5代目佐藤卯兵衛(同世代に“マッサン”の竹鶴政孝)によって、《6号酵母(類まれな発酵力をもつ“清酒酵母”的性質を持つ原初の酵母)》が秋田で現出し(昭和5/1930年)、軟水かつ低温地域でも優れた酒質のお酒が本格的に国を挙げて造られるようになりました。軟水地域が圧倒的に多い日本において、この勢力図の変化は「SAKEは軟水でこそ美味しい酒が造られる=硬水ではSAKEは造れない」という新しい世界観を生みました。この一連の歴史は、いわば「硬水仕込の常識」が「軟水仕込の常識」に置き換わったパラダイムシフトの瞬間でした。

銘醸地の“拡大”をもたらした技術革新。
僕らはこれをもう一度ひっくり返しにいこうと考えています。

WAKAZEがイメージする「日本酒」が「世界酒」になったときの姿とは、SAKEが世界中で“飲まれる”だけでなく、SAKEが世界中で“造られる”ことだと捉えています。
その何よりのハードルとなるのが、「硬水では美味しいお酒は造れない」という常識そのものです。造り手は自由に土地を選べず、軟水地域の中でお酒を造るか、硬水に大掛かりなフィルターを通し軟水化することでしかお酒が造れません(もちろん清潔な水であることは大前提ですが)。その常識を根幹からひっくり返し、硬水でもお酒が造れるという技術証明、いわば「硬水醸造法」を発酵体系/レシピとしてまとめ上げ、それを突破口として伝播することで、世界中の今までSAKEが造られなかった地域に銘醸地を拡大していく。これが「日本酒」が「世界酒」となるための“技術的道筋”と考えます。

SAKEは、米という“穀物”から造られる醸造酒です。果実に対して圧倒的に優位な穀物の性質として、その「輸送性」が挙げられます。ジャンルを超えた大きな比較で見た場合には、水による「地域性(ミネラルや生酛などに必要な微生物の多様性)」と、穀物の「輸送性(アイデンティティの範囲内による選択)」が合わさるとき、SAKEの基本骨格の真価が発揮されるのではと考えます。三軒茶屋醸造所では、「地域の湧水」と「山形の米」による骨格で唯一無二のレシピを考案し続けています。

その歴史的転換点の象徴の地として、食の都フランス・パリほど相応しい場所はないと思っています。何より、先人たちがすでに硬水で仕込める方法論は証明しています。江戸時代の宮水・下り酒、そして現代日本における超硬水仕込の尊敬する蔵。先輩たちの挑戦に比べたら、それほど難しいこととは捉えていません。

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3. 冠進化

今の日本は、新しい造り手を縛り、新しいレシピすらも縛る環境にあります(明治期から続く酒税法の免許制度など)。その中でWAKAZEは、多様性を志向し、樽熟成《ORBIA》ボタニカルSAKE《FONIA》という新しいアプローチを磨き、さらには海を超えた世界醸造を目指そうとしています。

多様性という観点で見たときに、46億年の歴史を持つ地球と生命の進化がモデルとして参考になります。「全地球史アトラス(情報・システム研究機構国立遺伝学研究所と東京工業大学による、生命誕生や進化に関する最新研究仮説の映像作品)」によれば、生物進化は《地球との共進化》であり、以下の3つのパターンに分けられると考えられています(「カンブリア紀の生命大進化」など)。

 1. それまで繁栄していた生物を一掃する「大量絶滅
 2.
大陸の分裂に伴う遺伝子変異を促す「茎進化
 3.
大陸の衝突によって多様性を生み出す「冠進化

つまり、すべてを滅ぼしうるような厳しい環境変化に耐えたものが次の多様性を育み、大陸の動きによって生存地域を二分された種がそれぞれ独自の進化を遂げた後に、それらが再集合することで「多様性の爆発」が起きるということです。
この枠組みを《多様性のグランドデザイン》の示唆として捉えるなら、多様性とは、一見劣悪に見える環境変化や、大陸間レベルの離合集散・交流によってもたらされるということが言えると思います。そして今、SAKEを取り巻く環境やWAKAZEの取り組みは、まさに2の段階にいるといえるのではないでしょうか。

SAKEは海を超えて造られるべきです。
また、いま現実として、それは止めようがない潮流として存在しています。WAKAZE以外の様々な造り手たちが、日本国外での醸造に情熱を燃やしています(明治41/1908年創業、海外最古の酒造会社ホノルル酒造@ハワイ、を皮切りに)。

現在、WAKAZEはフランス・パリでの酒蔵創立に向けて、クラウドファンディングを実施しています(2019.8.12まで ※編集注:元記事が書かれたのは2019.7.23)。お陰様で多くの方にご支援をいただき、当初目標額を大きく超える額となっております。改めて、フランスでの期待の高さに背筋が伸びる思いです。ご支援いただいた皆様、誠にありがとうございます。
この海外醸造への挑戦は、WAKAZE創業前夜から代表・稲川たちと掲げてきた夢であり、この実現をできるかどうかもわからなかった僕の修行を受け入れてくださった多くの蔵への恩返しの第一歩でもあります。夢を掲げてからここまでの約4年間そのものもそうですが、今年2019年は特に目まぐるしい勢いで酒蔵の創立に向けた道を辿っています。

僕らがパリで造るSAKEの未来にある、世界中の硬水地域でできたお酒たちは、江戸へ「下り酒」を運んだ“樽廻船”の時代のように、熟成と輸送に耐える強い酒質によって軟水酒に優位性を持ち、「次世代の下り酒」として世界中を席巻することも充分有り得るかもしれません。

レシピと技法と観察眼で四季や土地柄の変化に対応していた《職人の酒》たるSAKEは、国を超えたどんな環境であろうとも美味しいお酒を造ることができる、そういった「世界で一番自由な醸造酒」としての証明がこれからなされていくと思います。この職人の柔軟な姿勢こそが、100年単位の歴史に振り回されず、数千年単位の文化としてSAKEが続き、これからも持続していく唯一の道であると考えています。
技術を基盤として育まれる“SAKEの多様性”は、大陸を超えて再び技術交流を重ね、離合集散し、醸造酒・蒸留酒の区分すらも超えた文化交流と食のシーンとの融合の中で、地球上で“爆発的な進化”を遂げていくと信じています。ぜひ応援よろしくお願いいたします!