酒類総合研究所で学んだこと

Written by KJ Sakura

2020年の1月なかば、幸運にも、SAKE教育業界のリーダーたちと日本旅行をする機会がありました。その中の一日は、広島県東広島市の酒類総合研究所へ向かいました。
1904年に設立された同研究所は、酒類の高度な分析・評価、基礎的・応用的研究および情報の提供を通じて、酒税の適正かつ公正な賦課、酒類産業の健全な発展および酒類に関する国民の意識の高揚に寄与することを目的とした国の研究機関です。

今回のツアーのスポンサーである国税庁とも提携している酒類総合研究所。こんなところに丸一日滞在するなんて、そうそう体験できることではありません。
同研究所では、新しい分析方法の開発や、汚染・放射性物質の検査、台湾やEUなどへの輸出認証のほか、課税やラベル表示を踏まえた原料・成分の研究、微生物の安全性や発酵プロセス改善にまつわる研究、日本産酒類のプロモーションなどを行っています。大学や他の研究機関、業界と密接に連携しているこの施設で過ごした一日は、言うまでもなく、たくさんの発見を与えてくれました。

酒類総合研究所の主な実績には、下記のようなものが挙げられます。

 1909 – 速醸酛の開発

 1963 – 清酒酵母と野生酵母の識別法の開発 

 1971 – 泡なし酵母を使った醸造方法の開発

 1975 – 焼酎の劣化臭(油臭さ)の原因究明

 2005 – 産・学・官の研究コンソーシアムによるコウジカビ(アスペルギルス・オリゼー)の全ゲノム塩基配列の解析

 2006 – 日本酒のフレーバーホイールの作成

 2011 – 福島第一原子力発電所事故への対応:酒類の安全性・信頼性を維持するための調査・分析

日本酒造組合中央会の後藤奈美会長の挨拶の後、一時間の酒造りセミナーと休憩をはさんで、品質・評価研究部門の赤松史一主任研究員による目からウロコの講演が行われました。さまざまな研究やトピックの紹介を通じて、SAKEとワインの世界をつなぐ多くの洞察が得られました。

SAKEと白ワインの相違点

印象に残った研究のひとつが、SAKEと白ワインの成分比較です。教育者として日ごろから意識していたことではありますが、実際の数字を目にすることで、よりイメージがしやすくなりました。

SAKEの醸造において、鉄分は、色の異常や香り・品質の劣化などの問題を引き起こすことが知られています。酵母の代謝も阻害するため、ワインよりも悪影響を引き起こす可能性が大きいと考えられています。
SAKEの鉄分は0.02ppm以下(1ppm=1mg/L)と規定されていますが、白ワインには平均0.4ppm、赤ワインには約0.7ppmの鉄分が含まれています。赤ワインの鉄分はSAKEの35倍にもなりますが、ネガティブな影響は特にありません。

SAKEの酵母はワイン酵母より高いアルコール度数で発酵しますが、アルコール度数とグルコースに関する値はそれほど驚くようなものではありませんでした。両者はサッカロミセス・セレビシエという同じ種類の酵母ですが、SAKEには変異株が使用されています。この酵母は「電源オフ」のボタンが付いておらず、アルコール度数が22度以上になるまで発酵を続けます。それ以上になると、法的に「日本酒」と見なすことができなくなります。
同研究所はこの事実を、制御不能の車に乗ったクレイジーな猫のイラストとともに説明してくれました。SAKE用の酵母は、CLN3のレベルの増加がもたらすG1期の進行により暴走。株の特定の変異によってストレス応答に欠陥があるため、決して停まることができないのだそうです。

グルコースに関しては、SAKEが1リットルあたり5〜42グラム、白ワインは1〜30グラムが含まれていると学びました。どちらもグルコースを含んでいることは納得できますが、興味深いのは、その数値がさほど変わらないということ。てっきり、SAKEはワインよりもグルコースの含有量が多いだろうと考えていたのです。しかし確かに、SAKEもワインも辛口から甘口まで幅広い味わいを持つことを踏まえれば、数値があまり変わらないのもおかしいことではありません。例えば、ドイツのアウスレーゼ・リースリングは1リットルあたり100グラム以上、シェリー酒のペドロ・ヒメネスは400グラム以上と、はるかに高い糖度を弾き出しています。しかし、グルコースは発酵に用いられるため、これらのワインの残糖はフルクトース(果糖)を示しています。

また、私は長年にわたり、グルコースとグリセロールを混同していたのかもしれない、と気付きました。グリセロールは発酵の副産物で、食感やふくらみを生み出します。この日、SAKEに含まれるグリセロールの量についての情報はありませんでしたが、こうしたシンプルな数字が誤解を解き、知識を強化してくれるのだと実感しました。

酸のデータは意外でした。SAKEの酸度がワインの5分の1であることは知っていましたが、ワインの酸が原料由来であるのに対し、SAKEはほとんどが酵母に由来するものであることは初めて知りました。

SAKEはワインに対してアミノ酸の量が多いのが特徴です。例えば、グルタミン酸の量はSAKEが1リットルあたり100〜250ミリグラム、白ワインは10〜90ミリグラムと大幅に異なります。アミノ酸はほかのタイプの酸に比べて酸味は弱く、うま味をもたらします。

味覚としての酸味に作用するのはどのようなタイプの酸なのでしょうか。
SAKEに含まれるコハク酸は200~500mg/Lで、白ワインは500~1000mg/L。その名のとおりリンゴに含まれるリンゴ酸は、SAKEの100~400mg/Lに対してワインは250~5000mg/Lと、大きな差異が認められます。
乳酸は両方のお酒にとって重要な役割を果たしており、その量は酒母の種類や製造される商品のスタイルによって異なります。これはワインも同様です。ほとんどの赤ワインと一部の白ワインは「マロラクティック発酵(MLF)」と呼ばれるプロセスの中で、乳酸菌がリンゴ酸を乳酸へ変換します。
酒石酸は、ブドウのほか、柑橘類、バナナ、タマリンドなどに多く含まれており、ワインの酸味を高めるサポートをしています。白ワインには1500〜4000mg/Lもの酒石酸が含まれていますが、SAKEにはこの酸がありません。

酵母

SAKEの酵母はエタノールの生産性が高い一方で、エタノールに対する耐性は低いという特徴を持っています。これもまた、遺伝子の環境ストレス応答への欠陥が原因。アルコール度数が上がり高ストレス環境になるとワイン酵母は死滅してしまいますが、SAKEの酵母は発酵を続けます。

もうひとつの発見は、ピンク色のお酒を生み出す酵母の発見です。今回のツアーの前に出会ったのは、新潟県・高千代酒造のピンク色のスパークリングだけでしたが、日本では、赤色の着色成分を含む酵母をさまざまなスタイルのSAKEに使用しています。

酵母の単離の例はほかにもあります。同研究所では、泡を立てる能力が劣っている酵母だけを分離して、泡なし酵母を作っています。オリジナルは、1916年に東京文化財研究所と広島国税局から報告されたもの。1963年、SAKEの需要が生産キャパシティを超え、泡を作らない酵母を使えばタンクの容量を増やすことなく、酒の製造量を25%増やすことができるという考えから開発が進みました。また、泡が立たなければ、タンクの壁についた泡を掃除したり、発酵中に泡があふれる心配をする必要もありません。そこで同研究所では、きょうかい7号酵母からAWA1遺伝子を発現させ、1971年、最初の泡なし酵母であるきょうかい701号酵母を生み出すことに成功しました。とはいえ、泡は発酵の進行状況を理解するのに不可欠だと考える人も多く、すべて酒蔵がこれを利用しているわけではありません。

劣化臭

この研修の一番の収穫は、劣化臭についての学びです。私は長年、恥ずかしながら、SAKEに劣化臭があることを知りませんでした。劣化は適切に保管されていない生酒だけに起こるものであり、火入れされたSAKEは無敵だと思い込んでいたんです!

・老ね香
プロの審査員は、「老ね香」をよく理解しています。老ね香とは漬物のような好ましくない香りのことで、英語では”old stink”と訳されます。アミノ酸が分解したり、推奨温度よりも高い温度でお酒を放置したりすると、ジメチルトリスルフィド(DMTS)を中心としたポリスルフィドによる劣化臭が発生します。イソバレルアルデヒドと呼ばれるポリスルフィドが原因となることもあります。

酒類総合研究所がDMTSについて行った研究の結果、酵母がDMTSの前駆体(DMTS-P1)を生成することが判明しました。また同研究所は、酵母の死骸である澱(おり)がDMTSの生成に起因することも発見しています。

ワイン造りにおいて澱の熟成が一般的であることを踏まえると、この事実は非常に不可解です。特に、ミュスカデ、シャンパーニュ、ブルゴーニュなどの旧世界の産地では、この技術が大きな役割を果たしています。シュール・リー熟成では、ワインと澱が接触して酵母の膜が崩れ、その内部が液体に溶け込むことで、ナッツやパンのような風味を生み出します。ほかに、澱は赤ワインの風味を豊かにしたり、安定させたりする作用もあります。

ワイン業界出身の私にとって、この発見は不思議でなりませんでした。ワインの世界では高く評価されるものが、SAKEでは欠点になるとは……。 赤松先生曰く、「日本とヨーロッパでは文化が大きく異なる」とのこと。日本では、これらの香りは劣化臭とみなされますが、ヨーロッパはその逆で、アイデンティティの一部となっています。シュール・リー熟成もやりすぎると不快な風味を生み出すことがあるとはいえ、こうしたオフフレーバーへの考え方が、科学的なものというよりは概念的なものであるというのは、非常におもしろいことです。 

・ジアセチル(つわり香)
ワインでもよく知られるこの成分は、世界中のシャルドネに見られるバター香の原因になっています。純米酒ではプラスに働くこともありますが、通常は劣化臭と見なされます。マロラクティック発酵は、安定性を高めることを目的として、赤ワインとクリーミーなスタイルの白ワインに採用されています。ジアセチルを生成する乳酸菌はオエノコッカス・エニと呼ばれ、SAKEの世界では劣化とみなされます。一方、ラクトバチルスやリューコノストックは、生酛においてほかの野生酵母を排除するのに役立ちます。SAKEとワインの微妙な微生物の違いを実感したこのパートは、とても刺激的な学びとなりました。

メイラード反応

メイラード反応は、SAKEとワインの両方でよく知られる現象であり、玉ねぎをキャラメル状に炒めたり、パンをトーストしたりするときにも目にします。室温ではゆっくりと起こり、加熱するとさらに促進される反応です。

この現象は単一の反応ではなく、酵素が関与しない褐変の複雑な連鎖反応です。アミノ酸と糖が結合して化合物を作り、それがさらに分解されて数百種類の味を産出。色味がブラウンに変化するのは、アミノ-カルボニル反応によってメラノイジンと呼ばれる褐色の色素が作られるためです。この反応により、熟成酒は時間の経過とともに明るい黄色から琥珀色に変化していきます。

酒類総合研究所では、老ね香とこの反応から生まれる香りを区別しています。ハチミツ、醤油、ナッツ、キャラメルなどの熟成香の原因となるソトロンは、濃度が高くなるとフェヌグリークやカレーのような香りになります。アセトアルデヒドとa-ケト酪酸の縮合により生成されるこの芳香化合物は、マデイラ、ヴァン・ジョーヌ、シェリーなど酸化を特徴とするワインのメープルシロップや焦がした砂糖、クルミのようなアロマを構成しています。シャンパーニュ地方では、ドサージュ(加糖)を施した発泡酒は最終的にメイラード反応を起こし、ブリオッシュ、シュークリーム、ビスケットなどの風味を生み出します。糖を加えていないブリュット・ナチュレ・スタイルのスパークリングは、このような味の変化はありません。

ワインと魚の相性

魚とワインを合わせると、生臭くなったり、金属臭がしたりすることがあります。その原因はタンニンであると推測されていましたが、とある研究グループにより、ワインに含まれる鉄分の濃度の高さに由来しているという研究結果が発表されました。EPAやDHAなどの脂肪酸は調理や加工の段階で酸化しやすく、ワイン中の鉄イオンが触媒となり、揮発性のカルボニル化合物が発生することが原因です。さらに、ワインに含まれる亜硫酸塩がこれらの反応を助長することもわかっています。このような臭みは、オイルやレモンをレシピに加えることで軽減することができます。

私はワインのプロフェッショナルなので、酸化防止剤(SO2)を添加しないワインにも、発酵の過程で亜硫酸塩が発生していることを知っています。しかし、こうした亜硫酸塩は、鉄分と魚の相性の悪さを強調してしまうのかもしれません。これは、現在の日本の市場で酸化防止剤を使用しない自然派ワインが歓迎されている理由のひとつなのではないでしょうか?

焼酎

この日最後の「アハ!」体験は、焼酎についての講習でした。このツアーの一年半ほど前、私はイギリスのロンドンで開催された「International Wine and Spirit Competition」で焼酎の審査をしたのですが、ゲヴェルツトラミネールに似て、ライチやバラの花びらのように美しく贅沢な香りを持つ商品がたくさん登場しました。すべてブラインドでのテイスティングだったので、なぜ焼酎からそのような味がするのかよく理解していませんでした。

酒類総合研究所で学んだ結果、この香りがサツマイモを低圧・低温で真空蒸留したものから来ていることを理解しました。ベースとなるもろみからゲラニオールという化合物が生まれ、それがシトロネロール、リナロール、a-テルピネオールへと変化します。ゲラニオールとリナロールは、ゲヴェルツトラミネールやマスカットにも含まれている成分なのです。

その後、堀江修二先生による楽しくてためになる日本酒の歴史の講義を受け、午後には清酒専門評価者の試験に参加しました。このような長い一日の翌日に、30分間に及ぶSAKEエデュケーターの講義のリハーサルをしなければならなかったと思うと、いまとなっては信じられません。

この日は、これまで培った知識の空白を埋められる素晴らしい一日となりました。微生物学や醸造技術の探求に加え、SAKEとワインの製造の違いを明確にできたのは、両方のプロフェッショナルとしては願ってもないことです。
酒類総合研究所、国税庁、Wine Spirit & Education Trustのみなさま、学び多い素敵な1日をありがとうございました!