Interview
発酵を愛する次世代杜氏 前迫晃一(石川酒造/東京)

Written by Yukiko Nagatomi

日本酒を取り巻く環境も世代交代が進んできた。
伝統を受け継ぎながらも、新しい挑戦をしていく酒造。

その中でも、発酵に熱中し、発酵から酒造りに取り組む杜氏の前迫氏に石川酒造の酒造りについて伺った。

多摩自慢の法被を着て現れた姿は、穏やかな雰囲気で優しそうな第一印象。
今期で3期目、石川酒造の酒造りを率いている、杜氏の前迫晃一氏34歳。
石川酒造で10年以上酒造りに関わっている。

最初のきっかけは、高校生の時に受けた発酵の授業。
パティシエを目指し、高校の食品科に通っていた前迫氏。

しかし、発酵の授業で転機を迎える。
砂糖と酵母から酒ができることに衝撃を受けて、「これだ!」と酒造りを目指す。
大学浪人中に石川酒造のバイト募集広告をみて応募し、それから10年以上石川酒造に関わっている。

杜氏に抜擢されたのは、2年前の夏。
突然社長から呼び出され、杜氏について打診された。
前杜氏は50歳代だったことから、「え?なんで?俺?」という戸惑う気持ちもあったが、やりますと返事をした。
「もともと杜氏になりたくて、大学に進んだから、即答でした」と話す。

発酵から酒造りを志し、自らを発酵マニアと名乗るほどの発酵好き

前迫氏は、常に発酵のことを考えていると話す。

「”皆さんが喜んでくれるようなおいしいお酒造り”というのは、自分にとっては一番ではないんです。一番は常に発酵のことを考えています。
おいしくないお酒ができたとしても、『なんでこうなったんだろう』と考えるきっかけになるし、そこからの学びが大きいんです」

「発酵」の視点から造られる前迫氏のSAKEは、”おいしい”を越えた進化を続けている。

「発酵食品ってたくさんありますが、納豆やキムチは好き嫌いがはっきり分かれる。でも、アルコールは概ね世界標準で受け入れられてる発酵食品だと思うんです。そういうところも酒造りの魅力ですね」

発酵のことになると、眼をキラキラさせて語る姿が印象的だ。

石川酒造の海外戦略

石川酒造では英語対応の蔵見学や、積極的なSNS発信が目を引く。
海外への意識について尋ねてみると、

「海外については常に意識してますよ。バンバン売り込みたいと思っています。SNSも、使えるものは使っていきたいです」

と話す。
先日もホノルルで開催されたイベントに出店したそうだ。

「ボディランゲージと片言の英語を使って、なんとかやってます。
英語ができないから海外進出しないってのも、もったいないでしょう。
どうにかなるし、やってみて考えようって思ってます」

持ち前の前向きさとプラス思考で海外へも乗り込んでいく。

ホノルルでの手応えを伺うと、

「アメリカは、お酒のクラスとそれを飲む層が明確に区別されている印象なんです。
値段も高いハイクラスなお酒は、ハイクラス層、中級は中流層、低級は低所得層で、飲むお酒が違うんです。
今後は、ハイクラス層にアプローチできるお酒を作って乗り込みたい。手間暇かけて、こだわって、ビンテージとして適正価格で売り込みたい。2〜3年のうちには実現したいですね」

具体的なビジョンを持ち、常に前を見据える前迫氏。
一見穏やかな物腰だが、内に秘める熱い想いを感じた。

ビール醸造所との協力

石川酒造の同じ敷地内には、ビール醸造所があり、お互いに技術協力、技術交換を行っている。

前回の酒造レポートでも紹介した「#ムギぽん」は、石川酒造の日本酒部門とビール部門がコラボレーションした新感覚リキュール。これは、ビールを醸造する麦芽と、日本酒を醸造する技術で仕込む原酒とを合わせた商品だ。

「ビール部門とは色々話しますよ。例えば、濾過の違いについて。日本酒造りにビールの濾過を採用してみたりと、意見を参考に技術を取り入れることもあります」

新しいものを作り出したいと考える前迫氏にとって、ビール醸造所がある石川酒造の環境はとても刺激になるのだろう。

目指す酒造り

「どのようなお酒を造りたいか?」という質問に「頭がおかしいことしたいんですよ」と、前迫氏。ひとことで言うと「突拍子もないお酒を作りたい」と笑顔で話す。
この回答自体がまさに〝突拍子もない〟コメントで一気に前迫氏への興味が湧き、ワクワク感が伝染し、前のめりで話を聞いた。

前迫氏は、石川酒造のお酒は、〝月曜日から木曜日担当〟だと説明する。週末の特別な食事よりも、毎日の食事に寄り添うお酒ということだ。
普段食卓にあがる料理は、和食、中華、洋食など様々だと思うが、どの料理にも寄り添うのが石川酒造のお酒なのだ。

日本酒のオススメを伺うと、りんご酸の日本酒を勧めてくれた。
“杜氏の挑戦!多満自慢の新しい味”というキャッチコピーからわかるように、新しいことをやりたいと、前迫氏が目指す進化系だ。
りんご酸が多く生成される酵母を新たに取り入れ、今までの多満自慢の味とは全く違う味にチャレンジした。

購入し、自宅で飲んでみた。
フルーティーさを纏ったお米の香り。
一口飲むと、ふわっと酸味が広がり、口の中は爽やかさでいっぱいになる。
まろやかなお米の旨味が最後に残る。
一口めの酸味が癖になり、一口、また一口とお酒がすすむ。

絵本のような、かわいいイラストも、SAKEのイメージをぐっとやわらかくしてくれる。
りんご酸の爽やか風味シリーズで物語のようになっているこだわりのラベルだ。

石川酒造の伝統を基盤に、色々なお酒を造りたいと、楽しそうに話す。前迫氏の新しいチャレンジはどこまでも続いていく。

職人の横顔

インタビューの合間に、もろみ造りを見学させていただいた。

前日仕込み始めたという、もろみ。
まさにぷつぷつと発酵真っ盛り。
発酵のことはよくわからない私でも、お酒って生き物なんだなと感心する。

「ちょっと元気良すぎるかな」と、櫂棒を持つ前迫氏の姿は、先ほどまでの穏やかな印象とは一変、職人の顔つきだ。
もろみを混ぜる姿は、神々しささえ感じた。

インタビューを終えて

どんなお酒を造りたいか尋ねた時に、「突拍子もないお酒」と答える笑顔が焼き付いている。
単純に、「この人面白い!」と私のセンサーにひっかかった。
作り手の想いやビジョンを聞くことで、ますますそのお酒が魅力的になるのだと感じた。

もろみを櫂棒で混ぜる体験をさせてもらったのだが、そのお酒ができる頃、また訪れてみようと思っている。
何度でも訪れたくなる雰囲気をもつ石川酒造。積み重ねられた歴史と新たな風を吹かせる若き杜氏の融合が、その魅力を醸し出しているのだろう。