Sake 2020:あるワインディレクターの視点から

Written by KJ Sakura
Translated by Saki Kimura

世界中が病に侵され、経済も破壊的となった2020年が、人類史上最も困難な年のひとつとして歴史に名を残すことは間違いないでしょう。一方、このように何もすることがなく、何も予定を入れられないときに限って、なぜか次々と啓示は起こります。

2020年は、私の魂の故郷である日本に初めて足を踏み入れた栄光の年でした。今年の初めのことであり、当時は未来が輝いて見えました。もうひとつの幸運な出来事は、サンフランシスコのForeign Cinemaのワインディレクターに昇進したことです。私はこのレストランで長年ソムリエを務めながら、米国初のSAKE専門店であるTrue Sakeでもアルバイトをしていましたが、今回の昇進は自分自身のキャリアだけでなく、この街のSAKEの未来にとっても大きな一歩になったはずです。WSET(Wine Spirit and Education Trust)のSAKEコースの講師資格を取得したのも、SAKEへのインスピレーションがあってのことでした。私のゴールは、この飲みものの魅力を、飲み手だけでなくプロフェッショナルにも知ってもらうこと。飲料業界の中でSAKEが発展するためには、この両方を同時に行わなければなりません。

2020年3月16日、私の新ポジションが正式に発表されてから文字通り一週間後、サンフランシスコでロックダウンが発表されました。数カ月後には、各企業が縮小したかたちで営業を再開。新型コロナウイルスの影響で刻一刻と変化する市の規制に合わせてワインのメニューを調整することに主眼を置いてきた私ですが、この記事では、日本の影響をまったく受けていないレストランのラインアップにSAKEを導入して以来目撃してきた、目を見張るような発見をご紹介していきましょう。

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著者:KJ Sakura

レストランのドリンクメニューに追加する飲みものを考えるとき、まず「料理は何か?」を問う必要があります。私が働くForeign Cinemaでは、フランスや北アフリカの食文化をエッセンスに取り入れながら、地元カリフォルニアの食材を用いた料理を提供しています。前任から引き継いだワインリストはフランスとイタリアのワインが中心で、スボティカ、セルビア、スペインのカナリア諸島など、地方の革新的なワインも並んでいました。自然派ワインも多く、ブルゴーニュの最高ランクのワイナリーも登場します。1300にもおよぶこれらのセレクションの中で、小さな「日本」のカテゴリーの中にSAKEを載せても無駄。お客さんのほとんどは、そんな曖昧なリストなんて目にも暮れず、自分たちが求めるワインを見つけるのに必死だからです。

次の質問は、「SAKEとは何か?」。SAKE業界のわたしたちは、それがどんなものかをよく知っています。米を原料としたアルコール飲料で、アスペルギルス・オリゼー、通称「麹菌」によってデンプンを糖に変換し、同時に酵母によって糖をアルコールに変換する「並行複発酵」と呼ばれる工程によって醸造されていて……う〜ん。SAKEを定義しようとすると、いろいろと言いたいことが出てきてしまいますね。SAKEがどのように造られているかを非常に簡潔、かつ不完全に説明するとこのようになるわけです。SAKE業界の人々の多くは、「SAKEはお米から造られた飲みもので、ビールのように醸造され、ワインのように飲まれる」と説明します。理にかなっているようにも聞こえますが、ビールのように醸造されているってつまり、泡があるってこと? 米以外の穀物でも造れるの? 「醸造」という過程を経たのなら、どうしてワインのような味になるの? ここでウサギの穴に落っこちてしまうわけです。私がこうして脱線しているのは、SAKEをほとんど飲んだことがない人に「SAKEとは何か」を説明するのがいかに難しいかを説明するため。この問題は、次の観点へとつながります。

幸運にも、サンフランシスコで食事をする大多数の人は「SAKE」という言葉にピンと来てくれます。しかし、それはすぐさま悪夢を呼び覚まし、二日酔いを起こす非情な飲みものとして拒絶反応を示させることがあります。彼らにとって「SAKE」とは、バーやレストランでなみなみと注がれた質の悪い燗酒や悪名高い「サケボム」のこと。ビールジョッキの中におちょこ一杯のSAKEを落下させて一気飲みする「サケボム」という文化は、スピリッツに比べて15%と低めなSAKEのアルコール度数を思えばまったく意味を為さない行為。もし本気でやるなら、セントパティの日に「カーボム」(スタウトビールにアイリッシュクリームリキュールとアイリッシュウイスキーを半量ずつ加えたもの)を飲めばいいのに──スタウトビール、アイリッシュクリーム、ウイスキーはいずれも特別な批判を受けることはありませんが、2種類以上をいっぺんに消費すると気が狂いそうになるんだから! 一方でどういうわけか、SAKEは永遠とも言える代償を支払い続けているわけです。多くの飲み手はSAKEが何なのかを知らないので、たった一度の経験によって、彼らを超絶に酔わせた悪魔のような異国の飲みものとして記憶に刻み込んでしまうのです。

私が取り扱い商品を査定しているときに気づいたのは、SAKEは多くの人々からスピリッツ(蒸留酒)のように受け入れられているということです。SAKEのポジションを獲得するために私がまず試みたのは、シェフ兼オーナーのゲイル・ピリー──彼女は、デザートの代わり、またはエレガントなペアリングとしてSAKEを取り入れたいという情熱を持っていました──による提案でした。このアイデアはただちに成功し、私は今年のうちに、以下のリストを「〆の一杯」としてサーブしてきました。


食後におすすめ! SAKE×デザートのペアリング:
  - 「Red Maple」生原酒(賀茂泉酒造@広島) × クレーム・ブリュレ
  - 「Murai Family」にごり原酒(桃川酒造@青森) × ポ・ド・クレーム
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「雪の茅舎」純米吟醸(齋彌酒造店@秋田) × スイカのグラニテと桃のシャーベット


繊細な味わいを生かすため、ペアリングなしで提案:
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「太平海」特別純米(府中誉@茨城
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平和酒造にごり(平和酒造@和歌山
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「紀土」純米大吟醸(平和酒造@和歌山
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平和酒造ひやおろし純米吟醸(平和酒造@和歌山


いずれも食後酒としてなんとかよい成績を修めることができました。中でも人気だったのは、「Murai Family」にごり原酒。にごり酒にポジティブなイメージを持っているお客さんは多く、特に提案をせずともすんなりと売ることができました。リッチで舌触りがよく、ココナッツとバニラビーンズの香りがするこのにごり酒は、チョコレートのポ・ド・クレームと相性抜群です。

最も売れにくかったのは、ペアリングなしで取り上げたSAKEでした。単に、お客さんは甘いデザートに気を取られてしまいがちなのかもしれません。これらのお酒はより旨味のある料理と相性がよいでしょうし、お客さんにカクテルやワインを忘れさせて、SAKEこそが食事を引き立ててくれるのだと信じてもらうのはなかなか難しいことです。アマーロや酒精強化ワインの代わりに注文してくれる人がいればよかったんですが……。

料理と飲みもののペアリングのコンセプトを活用

Foreign Cinemaのメニューのトップページには、その日のディナーに合わせた飲みものとのペアリングが記載されています。これこそが聖杯であり、特定の商品を売るための最高の勝負どころ! ここに売りたい商品を並べ、ペアリングノートを書いておけば、簡単に1ケース分を捌くことができます。SAKEが売れることもありますが、これは同時にお客さんを恐怖に陥れてしまう瞬間でもあります。彼らは、その夜のメインのお酒として(ワインやほかの酒類の代わりに)SAKEを選ぶという選択肢に直面するんですから。残念なことに、たとえ適正価格だったとしても、SAKEというのはメインコースのペアリングとしてはせいぜい1、2杯しか売れないのです。


メニュー前面のメインコースとのペアリングで紹介されたSAKE:
  - 「上善如水」純米(白瀧酒造@新潟) 12ドル/グラス × ルッコラのサラダ
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「伝心 春」純米吟醸 生酒(一本木久保本店@福井) 17ドル/グラス × 海の幸の盛り合わせ
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「坤滴」大吟醸(東山酒造@京都) 18ドル/グラス × エアルーム・キューカンバー(家宝種きゅうり)
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「太平山」生酛 純米(小玉醸造@秋田) 12ドル/グラス × バヴェット(わき腹肉)のステーキ


生酒はメニューに説明を書いておけば飛ぶように売れることがあります。お客さんは季節感というアイデアが大好きですし、新鮮で純粋というポイントは、彼らの思う健康的なライフスタイルと相性がよいのです。(欠点のない)自然派ワインをフィーチャーするときとなんとなく似ているかもしれません。同じ理由から、この秋は平和酒造のひやおろしが〆の一杯としてよく売れました。大吟醸というカテゴリはある程度認知されており、SAKEを日常的に飲む人が来店してこの文字を見かけると飛びつくように注文します。最も認知度が低いのは、12ドルのSAKEたち。信じられないかもしれませんが、サンフランシスコのお客さんは14ドル以下のグラスワインに不信感を抱く傾向があるんです。 「太平山」生酛 純米は、バヴェット・ステーキとの相性は抜群なんですが、前菜向けの25ドルのナパ・カベルネや16ドルのクローズ・エルミタージュ・シラーを前には勝ち目がありませんでした。


■SAKEを単体で楽しむための飲み比べセット:
  「日いづる国を味わう」
  3つのスペシャルなSAKEによって、あなたの舌を日本本州の旅へ誘いましょう!
  - 「むかしのまんま」特別純米(蔵元やまだ@岐阜
  - 「Cowboy Yamahai」山廃 純米吟醸 原酒(塩川酒造@新潟
  - 「Murai Family」にごり原酒(桃川酒造@青森


ここでファンの多い「Murai Family」にごり原酒が再び登場。売れ行きはひと晩1〜2セットとゆるやかなものですが、メニューのあちこちにSAKEが散見されると、お客さんはだんだん自信をつけてゆき、最終的に「〆の一杯」を注文することになります(大抵はこの一杯きりでおしまいなんですが)。飲み比べセットは、ステムのないワインタンブラーに3オンス(約90mL)ずつ提供されます。あとのデザートコースのために、にごり酒を残しておくことも可能です。Foreign Cinemaには常時3種類の飲み比べセットがありますが、残り2種はワインに焦点を当てたもので、このセットだけが一線を画しています。


見込みなし:
グラス単位での提供。

グラスワインのリストにSAKEを並べるという作戦もやってみましたが、これは大失敗に終わりました。この夏、白ワインのリストのいちばん下にこっそり純米吟醸をラインアップして、誰かに見てもらえやしないかと思っていたんですが、誰ひとりオーダーしないという有様。3日間待ってみましたが、玉砕でした。ワインのコーナーに置くのが適切でないことは理解していたのですが、なんとかワインのように、SAKEの注文を「普通のこと」にしたかったんです。しかし、これはよい戦略とは決して言えませんでした。


スタッフを味方につけろ:
同僚にSAKEファンのスタッフがいれば、SAKEは無限に売れてゆきます。私は2年前からもう一人のスタッフと一緒に毎週スタッフ向けのワイン教室を開いていますが、各教室の最後にSAKEを1~2杯紹介するようにしています。セオリーを説明しながら、プレッシャーをかけず、単に楽しいと思わせる。彼らの目が新しいカテゴリーの発見にパッと輝く瞬間は見ものですし、彼らが時間をかけて構築したワインの知識とリストにうまく付け加えられれば、SAKEを販売するのはずっと簡単になります。

私には、SAKEを売ることに長けたサーバー仲間が数人います。私がするのは、彼らに新しい商品を試飲させることだけ。すばらしいことに、私は特に何もしていないのに、バーテンダーのBryanと、店で最も経歴の長いサーバーDavitasが、SAKEを使ったカクテルを販売しようと決めてくれました。彼らは変わったリキュールを売ったり、好奇心旺盛なお客さんのためにスペシャルなカクテルを作ったりするのが好きなんです。あるとき、彼らがドライベルモットの代わりにプレミアムSAKEでマティーニを作ったところ、お客さんはこのアイデアに夢中になり、このカクテルは狂ったように売れ始めました。これはよい影響をもたらし、SAKEを単品で注文してくるお客さんも増えたのです! カクテルにSAKEを入れることを冒涜のように思う人もいるかもしれませんが、「SAKEといえばアルコールが高い食後のお酒」と連想する人が多い中で、このカクテルがお客さんの興味に火をつけ、SAKEの世界の入り口になった理由は完璧に理解できます。


今年はさまざまな意味でチャレンジングな一年でしたが、何カ月、何年と先に再び抱きしめあえるその日を待ち望むように、私は大きな希望を感じてもいます。世界中で人と人とのつながりが生まれ、自分たちの差異に対する偏見が緩和されてゆく。こうした根本的な文化の変化は、世界中の人々をゆっくりと、しかし確実に変えてゆくことでしょう──彼らの心の中に、東の国から来た奇妙なお米のお酒が居場所を見つけられるように。