Written by Keita Okubo
江戸時代にできた酒造りの手法「生酛」。自然の菌や微生物をとりこんで発酵段階まで導く伝統的な方法です。そのハイライト(というか、わかりやすいもの)が、桶に入れた蒸米・麹米・水を木の棒(櫂棒)でぐりぐり擦る「山卸し(やまおろし)」。
今回、大塚の地酒屋こだまさんにお誘いいただき、長野の「笑亀(しょうき)酒造」の「山卸し」に参加させていただきました!
笑亀酒造は明治16(1883)年創業。「笑亀」「貴魂」などを醸しています。詳しい情報はこだまさんのサイトをご覧ください。
蔵の外観。台風で壁の一部が剥がれ落ちたそう。
こちらが森川杜氏。
参加者は消毒のうえ白衣とマスク、帽子を装着します。今回の生酛体験はイベントというわけではなく、体力仕事である山卸を手伝いに(楽しみに、体験しに)、森川杜氏とゆかりのある人たちが集まった「普通の造り」の一環。20名ほどの参加者の中には「3年目です!」という常連の方もいました。
蔵の中。ずらりと桶がならんでいます。
中身はこんな感じ。蒸米・米麹・水が入っています。2人1組になって桶を挟んで立ち「いち、に、いち、に」と息を合わせて櫂棒で米をすっていきます。1セット数分。終わると次の桶に移動してまた1セット。そんな風にすべての桶をまわり終わると1時間くらい。これを2回行います。
森川杜氏はいちどすべてひとりでやって「これは無理……」となったそうで、このような一般参加型の山卸をはじめたそう。
いよいよスタート。結構、重いです。米と水の塊だから当たり前ですが、腕だけだとすぐに疲れる。腰いれてぐりぐりやります。
「力をいれて潰そうとしないでいいですよ。蒸米を埋け飯にして硬くなっているので、山卸はお米を潰すというより、そのお米を壊して中の成分を出すのが目的です」(森川杜氏)
ちなみにコツは「無心」でやること。いち、に、いち、にと、櫂棒と米だけを見てただ動かします。
数セット終わるころには、米と水がよく合わさり、感触が軽くなります。飛び散らないように気を使うほどしゃばしゃばです。
かと思えば、次に移動した桶では逆にまったりと「粘り」のようなものを感じます。造るお酒の種類によって米の品種や水分量などが違うそうですが、こんなにも違うのかと、変化の差に驚きます。
息があがり、じんわりとあせばみ、もういいかげん手が疲れてきたところでようやく2時間。最初の「米の塊」とはまったく別物に変身しました。山卸しってすごい。
すり終わったお米を少し食べさせてもらいました。中華料理のデザートにでるタイプの白タピオカみたいです。麹のやさしい甘みがあり、おいしいです。
(おつかれさまでした)
ここで、笑亀酒造がどのようなお酒造りをしているかを少し紹介します。「生酛」といっても本当に蔵によっていろいろな方法がある(足で踏んだり、ドリル使ったり)なか、森川杜氏は昔の方法を踏襲するクラシックスタイルを貫きます。
「道具だけでなく、『水』でもかつての生酛を再現するようにしています。湧水を汲んでくるのですが、そのまま1週間くらいタンクに置くんです。言い方はよくないのですが、生酛ではまず『水を汚す』ことが必要」(森川杜氏)
酒造りの発酵には、さまざまな菌・微生物の働きが必要です。現代のきれいすぎる水道水では、その菌もいないため発酵できる環境にならないのだそう。
「『汚い水できれいなお酒を造る』というのが、生酛造りです。あと米も黒いもの(精米ができていないもの)ですね。でも現代は水もきれいだし、米を磨く技術もある。極論をいえば、もう生酛造りは必要がないんです」
ではなぜ生酛に取り組むかというと、理由は「味」。
「僕は、お酒に野性味を出したいがためにやっています。昔ながらの方法で造ることで独特の個性が生まれる」
そうやって造る笑亀酒造のお酒は、かなり独特です。はじめて飲んだときは「なんだこれは?」と驚きました。とにかくパワフルで酸が立っていて、でもすっと身体に滲みる。なんとも形容しがたい、おかわりしたくなる、そんな不思議なお酒です。
生酛のあとは、そのまま蔵で宴会です。社長(蔵のオーナー)奥様お手製の「蔵メシ」が並びます。この「酒蔵の麹を使った料理(茹で卵漬けとか山芋漬けとか)」が、とにかくうまい。
お酒はもちろん「笑亀」。めちゃくちゃ合います。座布団に座っておちょこでぐいぐい飲む。「これぞ酒蔵の夜」といった感じがとてもいいです。
にぎりめし。「おにぎり」ではなく「にぎりめし!」と呼びたい。
おでんも! おでんはやっぱり大鍋が旨いと思います。これがまた酒と合う。
(蔵の中で、蔵のお酒を、蔵の人と一緒に飲むというこの上ない贅沢な時間)
「普段ひとりでずっと酒造っているので、賑やかな宴会は楽しいです」と森川杜氏。繁忙期にアルバイトさんに入ってもらうことはあるものの、掃除から下準備から、ほぼすべて自分でやっているそうです。
「自分しかいない蔵は本当に静かで、お酒が発酵するピチピチいう音が結構聞こえるんですよ。お酒同士はしゃべってるのになって思いながらやってます。まあ、その分自由にやらせてもらっているので気は楽ですよ」
そんな森川杜氏ですが、笑亀酒造に来る前は別の蔵で「きれいなお酒」を造るカリスマ的存在だったそう。
「足を踏み外しましたね(笑)。それまでは賞を狙うようなお酒を造っていたのですが、今はそもそも出そうとすら思えないお酒を目指しています」
その代表作が、森川杜氏の生み出したブランド「貴魂」。「日本酒の『酸』を表現する」をテーマにしており、リンゴ酸を強調した「赤ラベル」やクエン酸の「黄色ラベル」、コハク酸の黒ラベルのほか、生酛造り(白ラベル)や、白麹(青ラベル)というふうに、まさに「SAKEの実験」シリーズとなっています。
「SAKEの味わいはバランスが重要だとされています。でも、そのバランスを思いっきり崩したかったんですよ。これが、僕みたいな『やとわれ杜氏』の強みだと思います。経営に携わらない分、流行とは反対方向に振って、ぎりぎりまで攻めた造りができる」
そんななかでも、特にエッジの効いたお酒がこちらの1本(写真は自宅にて)。
アニメタッチの少女キャラが描かれているだけで、名前も説明もないお酒。実は「味噌麹」を使った、個性の塊のようなお酒。とにかく発酵感と旨みが飛び抜けています。
「味噌麹を使った理由は、生酛の特徴である押し味、ペプチド成分を強くしたかったから。米のタンパク質を清酒麹よりも強力に分解しようとすると、明らかに味噌麹がいい。これは、普通のSAKEなら『邪魔な味』となる部分。それを前面に出すことで、邪魔な味を邪魔ではないものにしたかったんです」
……くわしくはよくわからないけど、すごいです。
「ちなみにラベルになにも書いていないのは、ギャップ萌えです。絵の女の子は、味噌だから『みそのちゃん』なんですよ。実は彼女は三姉妹の次女で、姉と妹も計画しています。ゆくゆくは味噌麹三姉妹アイドルを……」
今日一番の熱量でアイドル構想を語っていただきました。
長野の蔵にひとり籠り、SAKE業界の動きを無視した独創的な造りに取り組むところ、大真面目でアイドル構想を語る一面、最高です。
そしてなにより、このお酒が旨いのです。きれいな「美味」とは違う。パワフルで野性味を感じる、「生き物」的な飲み心地。
飲んで「好き」だと感じるまでの道筋は1つではなく、何通り・何十通りものルートがあるんだと、気付かされました。
森川杜氏、みその三姉妹楽しみにしています!
児玉さん、ありがとうございました!