ペアリングで“Umami Heaven”へ!

──SAKEとチーズのおいしい関係【前編】

Written by Jesse Pugach
Translated by Saki Kimura

海外のアルコール文化の中で、飛躍的な成長を遂げているSAKE。何十年にもわたり世界から誤解されていたその伝統的な飲み物が、料理の世界のメインジャンルにまで浸透しはじめているのです。

これは、SAKE業界や流行の火付け役、インフルエンサーたちが、飲み手にとってより身近な方法でSAKEを広めようと、あらゆる方法を模索してきた結果といえます。SAKEと食べ物──特に和食以外の料理とのペアリングは、SAKEの魅力を世界に広げるために一役買っていますが、その中でもチーズとのペアリングほどワクワクするものはありません。

海外の飲み手の多くは、チーズをワインとペアリングすることに慣れきっています。ワインづくりの名手であるフランスやイタリアといった「旧世界」の国々は、チーズづくりについても豊かな歴史を持っていますし、同じ歴史の中で育まれたこれらふたつをペアリングするのは、飲み手にとって非常に簡単なことだからです。一方、チーズ生産地としての日本の歴史と評価は、あまりパッとしないのが事実です。近年、優秀なチーズメーカーが登場し、日本のチーズ生産量は増加していますが、それだけでSAKEと伝統的な日本料理とのペアリングから離れられるかといえば、なかなかそうはいきません。 チーズ業界のインフルエンサーたちが中心になり、SAKEとチーズのペアリングを積極的にアピールすることで、SAKEにとってチーズは最良の選択肢になりえるのだということが少しずつ理解されはじめています。SAKEとチーズはなぜ相性がよいのか? その理由を、少し掘り下げてみましょう。

■チーズには、ワインよりもSAKEが合う!?

チーズとのペアリングについて、SAKEはワインに対していくつかのアドバンテージを持っています。まず、SAKEの酸度がワインの酸度よりはるかに低いということ。ワインの酸度の高さはチーズとのコントラストをシャープにし、しばしば不快な味わいを生み出してしまいます。さらに、赤ワインに含まれるタンニンは、特に塩気の強いチーズと組み合わせると、苦味を生み出すことがありますタンニンがなく酸味も少ないSAKEは、丸くてやわらかい口あたりによって、チーズを優しく受け止めてくれるのです。「SAKEは料理をえらばない」とはよく言ったものですが、これはチーズとの相性を理解するうえでもとても重要な言葉です。SAKEとチーズの相性が悪いと感じることは、まずありません。もちろん、ベストなペアリングと言えない組み合わせもありえるでしょうが、SAKEの許容範囲をもってすれば、チーズは少なくとも楽しいお酒のお供にはなれるのです。

生酛や山廃など昔ながらの製法で造られたSAKEは特にチーズとの相性が抜群です。乳酸を生み出すこれらのタイプのSAKEは、チーズが持つクリーミーな乳酸の風味と合わせることで、お互いを心地よく補うようなペアリングが完成します。 これらのタイプはうま味も強い傾向にあり、それがまたチーズとのペアリングに活躍してくれるのです。そうだ! うま味といえば……。

チーズに限らず、SAKEと料理とのペアリングを考えるうえで最も重要なのは、うま味の存在ではないでしょうか。「第五の味覚」とも呼ばれるUmamiとは、”the sensation of savoriness that our tongues perceive”(私たちの舌が感知する、「おいしさ」の感覚)のこと。SAKEのうま味がなぜペアリングにとって重要なのかを理解するためにはまず、SAKEの中でうま味がどのように存在するのかを理解しておく必要があります。ここで、SAKEの醸造の基礎知識をちょっと勉強してみましょう。

■SAKEの「うま味」とは何か

ひと粒のお米は、でんぷん、たんぱく質、脂質、ミネラルで構成されています。酒造好適米は食用米に比べて粒が大きく、たんぱく質が少なく、でんぷんが多いのが特徴。また、中心部には大きな心白(たんぱく質が少なくやわらかい部分)を持っています。このため、造り手はお米を磨いて外側にあるたんぱく質や脂肪分を取り除くことで、中心にある純粋なでんぷんの部分だけを残すことができるのです。でんぷんの分子はグルコース(糖)の分子が鎖状に絡み合ってできたものですが、そのままの状態では酵母によって分解することができないため、SAKE造りには追加の工程が必要となります──精米したお米を蒸したあと、麹を加えるのです。

麹が作り出した酵素は米粒の中へともぐり込み、でんぷんを発酵に必要な糖分へと切り分けるハサミのような働きをします。同時に麹は、お米に含まれるたんぱく質に作用するほかの酵素も生産しています。酵素がたんぱく質を分解すると、その構成要素であるアミノ酸が生成されますが、このアミノ酸がうま味を作り出しているのです。牡蠣に含まれるアスパラギン酸、MSG(グルタミン酸ナトリウム)で知られているグルタミン酸……SAKEが含むこれらのアミノ酸は、熟したトマトや出汁、チーズなど、多くの食品のうま味を引き出す鍵となります。SAKEは、ワインの約10倍ものアミノ酸を含んでいるんです!

低精白の(たんぱく質が多い)お米から造られたSAKEは、高精白のお米から造られたSAKEよりもアミノ酸がかなり多く、うま味が多いと仮定できます。このうま味の存在は、チーズのようにうま味のある食品との組み合わせに置いて、どんな風に働くのでしょうか? 例えばボロネーゼソースを思い浮かべてみてください。ジューシーなお肉とうま味たっぷりのトマトが組み合わせられると、おいしいミートソースができあがりますよね。そこにパルメザンチーズをすりおろせば、食欲をそそるうま味はさらに増幅し、料理全体がより一層おいしくなります。これこそが、SAKEとチーズのうま味を掛け合わせたときに、唯一無二のおいしさが生まれる仕組みです。繊細な純米大吟醸より濃厚な純米酒の方がチーズとの相性がよい……というわけでは必ずしもありませんが、その力学を理解することは大切です。

■最高の組み合わせは自分で見つけてみよう!

では、これらの情報を統合すれば、SAKEとチーズのペアリングのガイドラインを作ることができるのでしょうか? 実際のところ、SAKEに関して固定されたルールを作るのは難しいもの。しかし、ペアリングを試すうちに、いくつかのテーマが見えてくることは確かです。精米歩合が低く吟醸香を持つSAKE──特にリンゴや洋ナシのようなフルーティなアロマを持つお酒は、ブルーチーズと相性抜群。クラッシュしたブルーチーズが入ったサラダには、リンゴや洋ナシのスライスがよく添えられていますよね。みずみずしいフルーツの香りが、ブルーチーズの塩気とファンキーな香りを引き立てるんです。さらにこれらのSAKEは、フレッシュなシェーブルとも好相性。より深いうま味を持つ生酛純米のようなSAKEは、クセの強いウォッシチーズのベストパートナー。まろやかでナッツのような香りがある辛口酒は、クリーミーでバターのようにやわらかいカマンベールやブリーのようなチーズとぴったり。フレッシュで酸味が強く、表情豊かな生酒には、塩気が強くナッツのようなアロマを持つペコリーノやマンチェゴのようなチーズがおすすめです。

とはいえ、上記のガイドラインはあくまで参考に留めておいてください。ペアリングは、楽しまなくっちゃ! SAKEと相性のよいチーズを自分で見つける過程こそ、誰もが試してみるべき至高の冒険なんですから。SAKEとチーズそれぞれが持つ多様性は、まるで万華鏡のように、そのペアリングの無限の可能性を見せてくれるんです!