Brewery Report:

Den Sake Brewery ─ ミュージシャンが米オークランドでSAKEを醸す理由

Written by Saki Kimura

雨上がりの路上にはそこかしこにがらくたが散らばり、アスファルト沿いに並ぶ建物の壁を埋め尽くすのは極彩色のグラフィティ(ストリート・アート)。Uberの運転手に、ここでいいのか? と尋ねられ、自信を持って、そうです、と応えることができないほどには、“酒蔵”のある場所としてあまりに異色な光景でした。
米カリフォルニア州・オークランド。行列が絶えない人気の蕎麦店「そばいち」もある「O2AA」というエコパークの一角に、Den Sake Breweryはあります。

スチール製の扉の隙間、「商い中」の木札をくぐって入ったブルワリーは、極めてコンパクト。入り口のそばにデスクがあり、その奥に鍋を高く積み上げたオリジナルの甑(こしき/SAKEの原料米を蒸すための機械のこと)が鎮座、すぐ左手には手洗い場程度のサイズの流し台が見えます。入り口の傍から伸びるロフトスペースからは、アコースティック・ギターがこちらを見下ろしていました。

バックグラウンドはミュージシャン

Den Sake Breweryを立ち上げた迫 義弘さん(さこ・よしひろさん/以下、Yoshiさん)がアメリカへ来たのは2000年のこと。「3カ月の語学留学のつもりが、気づいたら18年経っていた」と笑うYoshiさんは、通っていた語学学校の先生がドラマーだったのをきっかけに、日本で一度は辞めたという音楽活動を再開。Hip Hop MCのShing02ともコラボを行うライブ・エレクトロニック・バンド「Beatropolis」をメインに、Counting Crowsの現メンバーがサイドプロジェクトとして立ち上げたロックバンド「Glider」、ワールドミュージック・バンド「(S)ynchrosystem」、など、三つのバンドでベースを務めます。

そんなあるとき、副業としていた飲食業の仕事に転機が訪れます。当初働いていたカフェのオーナーに頼まれ、SAKEとワインのショップ「Corkage」(現在は閉店)にてマネージャー兼バイヤーとして働きはじめたのをきっかけに、SAKEに強い興味を持つようになったYoshiさん。5年後にはSAKEソムリエとして日本食レストラン「Yuzuki Japanese Eatery」に勤め、一般のお客さんへ向けてSAKEをレクチャーするクラスも開講するようになりました。

「日本の久保田酒造(神奈川県)や塩川酒造(新潟県)といった酒蔵で修行させてもらったり、一般の人向けに教えるようになったりするうちに、『どうしたらもっと酒のことをわかるようになるかな』と考えるようになって、いっそ自分で造ってみよう、と」

SAKEをより深く理解するため、2015年、試験醸造をスタート。仕込み蔵は友人の家のバックヤードに設置したウォークインクーラー、麹室は二重に張ったテントだったと言います。SAKE造りの奥深さにどっぷりと魅了されていったYoshiさん。次第に「これは片手間でできる仕事ではない」と考えるようになり、自身のSAKEブルワリーを立ち上げようと決心するに至りました。

限られた機材で作ったハンドメイドのブルワリー

ブルワリーをオープンするロケーションとして、サンフランシスコも視野に入れていたというYoshiさん。しかし、サンフランシスコにSequoia Sake Breweryが先立ってオープンしたこと、コスト面、そして何よりも土地柄を踏まえ、最終的に選んだのが、サンフランシスコ湾を挟んで対岸に位置するこのオークランドという地でした。

「オークランドは黒人の人口も多く、多様性が豊か。いろいろな人種が平等に生きているし、コミュニティを大切にして助け合う風潮があります。地元に対する『proud(誇り)』が強いんです」

コアなファンも増えてきているサンフランシスコに比べて、オークランドではまだまだ馴染みが薄いSAKE。Yoshiさんは、「そういう人のほうが、たとえトラディショナルではないSAKEを造っても受け入れてくれやすい」と考えます。

オープンに伴いまず苦労したのが、SAKE造りのための機材の導入でした。アメリカにはSAKE造り用の機材を製造している企業はないため、日本から輸入するか、ワインやビールの機材をSAKE用にアレンジしなければなりません。前者は運搬に多額のコストがかかるため、この地で手に入る機器を活用することを決意。しかし、それぞれの機材に使われている素材を調査し、SAKE造りに害がないかを確認するのにはとてつもない時間がかかりました。

「甑用の蒸し器は、アメリカで手に入る中でもいちばん大きなものを入手しました。それぞれの接続部分が網目になっていて、饅頭を蒸すような仕組みになっています。蒸気の漏れをなくすためにシリコンのパッキンを入れているんですが、改良の余地はあるでしょうね」

最大36キロの蒸米を仕込むことができるという“キュート”な麹室Instagram動画リンク)も、圧搾機Instagram動画リンクもすべて手づくり。圧搾室は通常のエアコンにリミッター解除の装置を付けることで、温度を4℃程度まで下げられるようにしています。

ワインドリンカーにSAKEを飲ませるには

Den Sake Breweryの「Den」とは「田」。SAKEの原料であるお米をその名に掲げるこのブルワリーが使用するのは、サクラメント・バレーの農家Rue + Forsman Ranchが育てる「カルヒカリ」という寿司用に作られた短粒米。こだわりのお米本来の味わいを残すために、精米歩合は70と比較的低精白に仕上げています。

「はじめの一口二口でおいしいと思えるようなインパクトのあるSAKEは、『買おう』と思わせることができるので有利だと思います。でも、自分が目指したいのは、飽きずにずっと飲み続けられるSAKEなんです」と、Yoshiさん。「SAKEをよく知らない友達に自分のSAKEを出したら、べろんべろんになるまで飲み続けてくれたことがあって(笑)。一、二杯飲んでくれるくらいなら、付き合いだろうと思うんですけど、本当においしいと感じてくれたんだなと」

ワインドリンカーの多いカリフォルニアの地で、ワイン&SAKEショップのマネージャーやソムリエとして働いてきたYoshiさんは、SAKE造りにおいても、ワインを強く意識しています。

「ワインは歴史的、学術的に発達してきていて、たとえば『肉には赤ワインが合う』というのは、赤ワインのタンニンが肉のプロテインと重なったときに口の中にやわらかい味を出してくれるという理論があるんですよね。SAKEはそういう風には発達してこなかった。専門誌には書いてあるかもしれないけれど、少なくとも一般の人の間では共有されていない。そういう理論的な部分が確立されて広まっていけば、SAKEもワインと同じ感覚で飲まれていくようになると思います

Yoshiさん曰く、SAKEの核が旨味(アミノ酸)であるのに対して、ワインの核は“酸”。

「ワインドリンカーにSAKEを飲ませると、『酸が足りない』と言われてしまうんですよね。SAKEを飲むときは酸を探さずに旨味を感じてほしいと思うけれど、ワインの酸で食べ物を食べるということに舌が慣れてしまっている。そういう人たちに自然と『おいしい』と思ってもらうためにも、酸を意識して造っています」

プロテインや脂肪が多いアメリカの食事において、口の中の脂っこさをカットするために重要な役割を果たすのも、酸が求められる大きな理由。Yoshiさんがアメリカの他のSAKEブルワリーのSAKEを飲んでも、やはり全体的に酸が強いと感じるそうです。

「実際は、酸だけじゃなくて、すべての味わいの成分が強いというか、いろいろな味が出すぎちゃっているところもあるんですけど(笑)。僕が心がけているのは、酸のレベルだけを上げて、他の雑味をあまり出さない──“きれいにつくる”、ということです」

これまで生酒のみの一種類を生産していたDen Sake Brewery。この日(2018年12月1日)は幸運なことに、造りはじめたばかりだという火入れ(加熱処理済み)酒も飲ませていただきました。

生酒がややFlashy(キラキラしている – by Yoshiさん)であるのに対して、火入れは口あたりが優しく、後味もすっきりしています。お米の存在感が確かにありながら、なるほど“きれいにつくる”とはこういうことか、と先ほどまでのお話が腑に落ちる味わいです。

火入れは大きめの鍋に70℃のお湯を張って、瓶ごと燗をする瓶燗方式。「生酒はやはり時間が経つにつれて味が重くなってしまう」と感じ、火入れのコンスタントな生産を視野に入れながらも、基本的には一人での作業となるため、手間がかかりすぎるという課題もあります。

「今後は吟醸系(精米歩合がより低いもの)も造ってみたいですし、それこそ“酸”のSAKEである山廃にも挑戦したいですね」

SAKE造りは音楽に似ている?

世界的アーティストとコラボも行うミュージシャンが、SAKEの醸造家へ。一見、突拍子もない転身のようにも思えますが、Yoshiさんは、SAKE造りは音楽づくりに似た「“内向的”な作業」だと話します。

「レストランやSAKEクラスでお客さんを相手に仕事をしているあいだに、ミュージシャンとして持っている“ものづくり”への欲求が大きくなっていたことに、SAKE造りを通して気がついたんです。外向性が求められる接客業をすればするほど、『SAKEを造りたい』という気持ちがどんどん強くなっていきました」

ミュージシャンとしてのバックグラウンドがSAKE造りに生かされているかを問うと、「同じような脳みその経路を使っているかもしれません」。

「ワインを勉強しはじめたころ、『音楽を聴いているときと同じような批評の仕方をしている』と感じたことがあったんです。たとえば一般の人がある曲を総合的に聴くのに対して、自分で演奏をする人は一つひとつの楽器の音を聴くことができる。SAKEをテイスティングしたときに感じるアロマにしても、バナナや青リンゴ、粘土のような香りなど、ひとつのもの分解して考えるくせがあります」

微妙なニュアンスの違いや自身の内に生まれる感覚を拾い上げながら、人々に伝えるための作品に落とし込んでゆく──音楽とともに生きてきたYoshiさんがSAKEの道へたどり着いたのは、そんな共通点があるからなのかもしれません。