Brewery Report:

Sequoia Sake Brewery ─ ITの街・サンフランシスコで愛されるローカルSAKE

Written by Saki Kimura

バンビのイラストに、「Nama」という文字の刻まれたボトル。グラスに注がれたお酒を口に含むと、ぱちんと弾けるようなフレッシュな香りとともに、甘みたっぷりのお米の旨みがじゅわりと広がります。

──この味わいが、〝この場所〟でも味わえるなんて。

ここは、Sequoia Sake Brewery。〝この場所〟──アメリカのサンフランシスコで最初に誕生した、生酒を看板商品に掲げるマイクロSAKEブルワリーです。

〝地酒〟が育つ環境に恵まれたベイエリア

SAKEについて話す前に、少しだけビールの話をしましょう。

クラフトビール醸造が近年ますます盛んになっているアメリカ。中でも、グルメ感度の高い西海岸のベイエリアでは、レストランやバーはもちろん、Trader Joe’sやWhole Foodsなどのスーパーマーケットでも豊富なローカル・ビールのラインナップを目にすることができます。

The Brewers Associationが2017年の年末に発表したリポートによれば、全米に存在するビール醸造所は6000件を超え、うち98%はクラフト・ブルワリーやマイクロ・ブルワリーだといいます。
クラフト・ブルワリー(craft brewery)とマイクロ・ブルワリー(microbrewery)は、醸造するビールの量や守らなければならない規則の面で呼び方が異なっていますが(簡単に言うと、マイクロ・ブルワリーのほうが生産量も守らなければならないルールも少ない)、いずれも小規模生産の独立した醸造所のこと。
アメリカのブルワリー数は、ビールで有名なドイツやベルギーを優に凌ぎ、世界のトップを誇っています。

なぜ、アメリカではこんなにクラフトビールが盛り上がっているのでしょうか?
アメリカはもともとホーム・ブルーイング(自家醸造)が盛んな国であり、酒造りに挑戦しやすい環境があります。

ここでは簡単な説明に留めますが、

① 禁酒法時代にブルワリーが減少した
② ジミー・カーター大統領が1978年にホーム・ブルーイングを合法化
③ 小規模ブルワリーは税制面で優遇されている
④ 近年、小規模ブルワリーやディスティラリーへの規制はさらに緩和傾向にある


といった要因がその背景にあると言われています。

そして、これらの要素が支えているのは、ビールだけではありません。
アメリカで〝Local Sake(地酒)〟を造るSAKEブルワリーも、近年じわじわと増加の一途を辿っているのです。

生酒とは〝ローカル〟への愛である

2015年に誕生したサンフランシスコ初のSAKEブルワリー・Sequoia Sake Breweryは、アメリカ人のJake Myrickさんと、日本人のNoriko Kameiさんご夫妻が営んでいます。

日本人の奥様がSAKEを造っているということは、日本での酒造りのキャリアがあるのでは? と早合点してしまいそうになりますが、実はお二人はIT業界出身。SAKEを造るのはまったく初めての経験だったと言います。

「仕事の関係で、家族で10年間日本に住んでいたときに、夫婦二人でSAKEにハマりました。特に好きだったのが生酒。ところが、アメリカに戻ってきてから、こちらでは生酒が手に入らないことがわかって。仕方なく、自分たちで造ることにしたんです」(以下、Norikoさん)

生酒とは、酒造りの最後に火入れ(加熱殺菌)をしていないSAKEのこと。酵母が生きたままの、フレッシュでダイナミックな味わいが魅力です。
一方で、酵母がSAKEの中で生きているということは、時間の経過や温度の変化によって品質が変わってしまいやすいということ。このため、日本からアメリカへ生酒を輸出するのはとても難しいと考えられています。

日本から入ってこないということは、ローカルビジネスを行ううえではアドバンテージになります。「自分たちの好きなものが、それまでアメリカにあったSAKEとの大きな差別化になったんです」と語るNorikoさん。娘さんがハイスクールを卒業したのをきっかけに、お二人はそれまで趣味として醸造していたSAKEでビジネスをスタートします。

生酒シリーズ「Sequoia」の主な販売先は、サンフランシスコ市内や近郊のレストランと酒販店。クラフトビールに始まるこの土地の〝Localへの愛〟は、ローカルでの販売に特化したフレッシュな生酒とうまく結びつき、製造量は、ブルワリー設立当初の2015年から、毎年約2倍の伸びを見せているといいます。

アメリカ視点だからこそ実現できる〝わかりやすさ〟

生酒シリーズである「Sequoia」は「Nama(生酒)」、「Genshu(原酒)」、「Nigori(にごり)」、日持ちを目的に火入れをしたシリーズ「Coastal」は「Ginjo(吟醸)」「Genshu」、「Nigori」と、それぞれ3種類の商品があります。

「SAKEにはさまざまな種類がありますが、なるべく味の特徴がわかりやすいものをと考え、この3種類にしました。日本のSAKEファンたちの間で常識になっている、『山廃』『純米』『本醸造』といった製造方法や、お米の種類による微妙な味わいの違いは、アメリカの人々にはまだまだ難しい。まずはわかりやすいものを飲み比べて、『私はこれが好きだ』と自分のパレットを作っていってもらう。そういうエデュケーション(学び)が、自分たちの提供できるいちばんのサービスだと感じています」

JakeさんとNorikoさんが持つ〝アメリカ視点〟は、ラベルのデザインにも表れています。
日本のSAKEのラベルは漢字で書かれているものがほとんどですが、漢字が読めないアメリカ人にとっては、どれも同じに見えてしまうのが実情。しかも、SAKEの商品名は長いものが多いため、外国人にとっては覚えるのが難しいのです。
これを受けて、「Sequoia」シリーズのボトルには、Namaはバンビ(子鹿)、Genshuは雄鶏、Nigoriはウサギのイラストがあしらわれています。

「Namaは優しくかわいらしい、Genshuはガツンと来る、Nigoriはほんのり甘くて白い、というように、それぞれのSAKEの特徴を表す動物をデザインしました。NamaやNigoriといった言葉の意味がわからなくても、『バンビが好き』『ウサギを一本ちょうだい』という風にやりとりできるんです」

〝IT視点〟がSAKEの未来を変える!?

Sequoia Sake Breweryが持つもう一つの強みは、ずばり〝IT視点〟。たとえば、麹造りにはセンサーを活用した温度管理システムを導入しています。日本の伝統的な酒造では、麹を造るときは職人が泊まり込み、数時間おきに温度を測って管理しますが、このシステムを使えば、家にいても一定の温度を超えるとアラートが鳴る仕組みで、ログも簡単に管理できるのだとか。

「そんなに真新しい技術だとも思わないんですが、日本の酒造の方々が見学に来ると驚かれます(笑)。こういうものを自然に取り入るのは、IT出身ならではかなと思います」

技術面だけではなく、ビジネス観にもITらしさは表れています。目まぐるしく進化するIT業界同様、Sequoia Sake Breweryではどんどん新たなチャレンジをしています。

『この方法でずっとやっていけば大丈夫』というようなビジネスがあるわけないと思っています。昔の方法だけにこだわってしまうと、3年後もビジネスを続けるというのは難しいのが現代。常に新しいアプローチを考えて、『これはおもしろいかもしれない』と思ったら、あとはやってみるだけです」

Norikoさんはここで、IT業界が最近取り入れている「アジャイル手法」についてお話をしてくれました。
かつてのIT業界では、新しいプロダクトを作る際には、仕様書をしっかり作り、テストをしたうえで、制作を進めるという手法を取っていました。ところが最近は初めから完璧なものを作ろうとはせず、不完全でも少しずつリリースして、ユーザーのリアクションを見ながらブラシュアップしていく「アジャイル手法」を取るところが多いのだそう。FacebookやGoogleなどを利用していると、どんどん新しいサービスが提供されては変化していくのを目の当たりにできますが、そういった動きが現在のITの主流なのだそうです。

「扱っているものがSAKEという伝統品であったとしても、新しいチャレンジはどんどんできるもの。必ずしもよいことだと言いきれないかもしれませんが、私たちはそういうバックグラウンドから来ているので、アドバンテージとして生かしていければと思っています」

そんなチャレンジの一環として生まれたのが、Barrel-aged(樽熟成)シリーズ。地元カリフォルニアのナパバレー産の白ワイン、赤ワイン、同じくカリフォルニア産のバーボン・ウイスキーの樽で3カ月熟成させたSAKEです。

「アメリカの文化とSAKEを融合させるというコンセプトの商品で、ラベルに『American frontier spirit meets Japanese tradition.(アメリカの最先端の精神が、日本の伝統に出会う)』と書かれています。斜陽産業ともいえるSAKEに、新しい息吹を吹きかけるような商品を作っていけたらいいなと」

アメリカのSAKEの未来を見つめて

日本からアメリカへのSAKEの輸出量は年々増えてゆき、米国内でのSAKEの認知度は高まってきていますが、「日本食文化に注目が集まっているうえでの一部の流れ。SAKEそのものが愛されているというよりは、日本のカルチャーとして楽しまれている」とNorikoさんは冷静です。実際、アメリカでのSAKEの消費のされ方はまだまだ日本とは異なります。

「アメリカではまだ、SAKEを買って自宅で飲むというスタイルは浸透していません。たとえば今の日本では、コンビニやスーパーマーケットなどでワインを買えますが、私が学生のころは、イタリア料理店やフランス料理店へ行って飲むものでした。それと似て、アメリカのSAKEは日本食のレストランで飲むものという感じですね」

お米と水でできたSAKEは、和食のみならず、さまざまなジャンルの料理と相性がよいのが魅力。Sequoia Sake Breweryでも、日本食以外のレストランにアプローチしていますが、9割以上が日本食レストランだというのが現状だと言います。

「私たちのお客様でいちばん多いのは、アメリカ人が経営している日本食レストラン。または、若い日本人オーナーのお店。日本人で昔気質の人たちは、『国産のお酒なんて』と受け付けてくれないんですよね。それに対して若い人はオープンマインドで、飲んで気に入ったら置いてくれます」

Barrel-agedシリーズをはじめ、アメリカらしい自由な発想に基づいた新しいチャレンジをし続けているSequoia Sake Brewery。しかしNorikoさんは、「もちろん、しっかりしたよいお酒が造れてはじめて、こういう創作料理のような商品を造れるのだとは思っています」と語ります。

Sequoia Sake BreweryのSAKEは、原料米としてカリフォルニア産のカルローズを使用しています。これは、日系移民が戦前に持ち込んだ酒米「渡船」をルーツに持つお米で、食用としては日本産のお米に比べてややパサパサしていると評価されがちですが、SAKE造りにはとても向いているのだそうです。

しかし、ひと口にカルローズ米といっても、生産者によってクオリティはさまざま。大手メーカーが優先的にお米を選べるため、ブルワリー設立当初はよい品質の原料米を確保するのにもひと苦労だったそうですが、最近は契約農家との関係を深めたり、ワイン研究で有名なUC Davisと協力したりして、原料のお米の質をよりよいものにしていくための取り組みを熱心に進めています。

「お米を変えておいしくなるのはもちろんうれしいですが、原料でここまで変わってしまうのは、大変な現実でもあります。IT業界から来ているせいで、農業は余計スローペースに感じてしまいますが(笑)、時間がかかるのは仕方がないこと。Brewery側の工夫だけではどうにもならないこともありますが、辛抱強く、エコシステムから作っていかなければならないと思っています。そうしないと、本当においしいお酒はできませんから」