恐怖と不確かさの中で
──新型コロナウイルスは、SAKEをどこへ連れてゆくのか

Written by Jesse Pugach
Translated by Saki Kimura

2月下旬、私は2週間の日本旅行から帰国しました。ディストリビューター・Fifth Tasteを営む私は、自社で取り扱っているブランドの造り手とコミュニケーションし、彼らから学ぶため、定期的に日本を訪れています。帰国した当時は、日本で経験したこと、新たに入手したエピソードやSAKEを大切なお客さまにシェアできることにワクワクしていました。
当時、中国では新型コロナウイルスが大流行し、ヨーロッパの一部で猛威を振るい始めていたころ。アメリカでもいずれ問題になるだろうと囁かれていましたが、まだ深刻な被害をもたらすような状況ではありませんでした。ところが3月の初めから、カリフォルニア州で毎日のように新しい症例が発見され、行政は公共の場での集まりに制限をかけ始めました。初めは1000人。次に500人。数日後には250人。大きなバーやナイトクラブは、閉鎖を余儀なくされました。

そして3月16日、サンフランシスコ・ベイエリアの6郡(編注:サンフランシスコ、アラメダ、コントラ・コスタ、マリン、サンタ・クララ、サン・マテオ、バークレー、施行は翌17日より)は全市民に「Shelter In Place(外出禁止令)」を通告。“Non-Essencial(重要ではない≒不要不急)”とみなされるすべての企業は直ちに閉鎖され、不要不急の目的で自宅を離れることがないよう命令されました。数日後には、ロサンゼルスでも同様の命令が出され、その直後、知事はこの命令をカリフォルニア州全体に拡大(編注:4月19日に通告)。世界第5位の経済大国として繁栄していたカリフォルニア州の経済活動は一変しました。たった数日間の急展開。私たちは、これまで生きてきた中で決して見たことのない、恐怖と不確かさのカオスの中に引きずり込まれたのです。

まもなく、トリクルダウン効果が現れました。ほとんどの得意先にとって、通常どおりの営業は不可能であると明らかになると、サプライチェーン(編集注:流通の流れ)に関わるすべてのセクターが、計画と方針を変更し始めました。数日前に発注を受けた注文がキャンセルされたり、返品されたり。ウェアハウスへの再入荷を目的とした発注も、キャンセルされたり、押し戻されたりしましたし、アメリカの輸入業者向けに日本を出発するコンテナは無期限に延期されました。
こうしたビジネスの行き詰まりを受け、私たちはみな、この事態をどのように乗り切るかを試行錯誤しています。サプライチェーンの各セグメントはそれぞれ独立して機能していますが、私たちはそもそも、一つの共同体です。SAKEのマーケット状況は飲食店や小売店の需要で決まります。そこから、私たちは動くのです。

はっきり言って、いまの状況は悲惨です。すべてのレストランは通常の営業を停止。外出禁止令下でフルサービス営業を行うことは違法であり、私の得意先も壊滅的な打撃を受けています。多くの店はモデルチェンジを余儀なくされ、テイクアウトのみに移行。これを受けて、違法であった飲食店におけるアルコールの「To-Go(持ち帰り)」販売にまつわる酒類法が緩和され、レストランはテイクアウト注文を通してお客さんにアルコール商品を販売しようとしています。一助になっているとはいえ、以前の売り上げに比べればほんの一部でしかありません。小売店は相変わらず忙しいようですが、レストラン業界に起こっていることをカバーできるほどではありません(編注:アメリカでは一般顧客が家でSAKEを飲む習慣がほぼないため、輸出されたSAKEのほとんどはレストランで消費される)
とはいえ、私と私の会社はラッキーな方だと思っています。私の家族は安全かつ健康ですし、小さな流通業者である私は負債もほとんどありません。もし私が個人的にこの嵐を乗り切ることができて、制限が解除されるときがくれば、すぐにでもビジネスを再構築する準備はできています。より大きな流通企業は、従業員を解雇したり、なんとか体裁を保つために必死にローンを組まなければならなかったりと、つらい現実に直面しているのが事実です。


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こうした不安や不確かさに苛まれながらも、業界は団結し、互いに支え合っています。ディストリビューターは、取り扱いブランドのプロモーションを行い、お客さんにテイクアウトの注文を勧めようと、できる限りのことをしています。ギフトカードの購入を奨励し、すでに解雇された何千人もの従業員を補償するために「Go Fund Me」のページが設置されています。私を含める多くのディストリビューターは、得意先が抱える未払い金の残高や信用拡大のために、できる限りの手を尽くしています。前代未聞のこの時流の中で、私たちは皆、コミュニティの存続のために犠牲を払っているのです。

専門家によれば、当面の措置は、数カ月とは言わないまでも、数週間は続くといいます。しかし、最終的に私たち人間はこのウイルスを制圧し、コントロールし、通常の生活に戻ることができるのです。
ここからが問題です──日常生活に戻る準備ができたときに、食べものや飲みものを取り巻く風景はどのように変わっているんでしょう? 崖っぷちに立たされたレストランの多くは、営業を再開しないかもしれません。再開したとしても、そこを訪れるお客さんはどうでしょう? とある予測によれば、この国の失業率は20%以上になるだろうと言われています。リーマンショックが起きた2008年の不況を凌ぐ状況下において、正常化への道のりは長く、極めて困難なものになるのではないかと危惧しています。

とはいえ、私たちにはやるべき仕事があります。他の誰のことも言えませんが、SAKEを生業としている私の役目は、造り手の物語を語り、彼らの造るSAKEを喉の渇いた好奇心旺盛なアメリカの消費者に届けること。そして、その任務を私に託してくれた素晴らしい造り手のみなさんの幸せのために奉仕すること、それだけです
さて──気を取り直していきましょう。私が初めてSAKEの仕事に携わったのは、16年前、サンフランシスコの「Ozumo」という場所でした。その店内から地下のオフィスや倉庫へ続く通路に、従業員全員が通りかかる吹き抜けがありました。そのドアの上には、当時の総料理長・Sho Kamioの信条である「We are great team, we are never give up! We are GO GO GO GO GO!」という言葉が掲げられていたんです。……文法はさておき(笑)、私はつらい時はいつも、この言葉を思い出しています。ここ最近も、ずっと。アメリカのレストラン、小売店、流通業者、輸入業者は最高のチームです。
私たちは、決して諦めません。まずは深呼吸をして──さあ、一緒に乗り切りましょう。