Written by Keita Okubo
「燗酒」とはSAKEを「温めて飲む」ことを指します。
温度による味の違いを楽しむ文化は古くからあり、江戸時代には飲食店ごとにお酒を温めるプロ「御燗番」「お酒番」がいたそうです。ソムリエやバーテンダーに近い存在ですね。もちろん、現在もSAKE(特に燗酒)にこだわる飲食店では「お燗番」が活躍しています(サーブ役を兼ねる場合も)。
今回はそんな「お燗番」のなかでも、多くのSAKE好きから「すごい!」「熱燗の概念が変わる!」と評価を集めている異端の存在を紹介します。
東京都渋谷区円山町17-2
井の頭線神泉駅徒歩1分。予約必須の人気店です。
※入店条件
・お酒を「すすって飲める」こと
・日本語を話せること、または日本人の友人同伴(マスターと会話しつつ熱燗を楽しむため)
・本当のSAKEを知りたい人であること
……なにしてんのそれ?
濁り酒に、なにらやミルク的なものをいれて、別のお酒も入れて、温めて、濾す……。
これが、Gatsの御燗です。(決してほかのお店では見られません)
いただいたのがこちら。
白濁した、ココナッツのような甘い香りのする液体(SAKE)。
これをバニラアイスと一緒にいただくと……口の中で「チーズケーキ」になります。
嘘のようだけど、本当。チーズケーキじゃない、でもチーズケーキ的な風味とおいしさ、でも、ちゃんとSAKEなのです!
お店に飾られているバンドの写真。写真の中央上が店長のマサさんです。
(当日マスクされていたので、写真はこちらで)
このマサさん、御燗番のなかでも異端中の異端な存在。
御燗はすべて我流。その技術が認められ福島の人気酒蔵「仁井田本家」の公式御燗番に認定されているそうです。
「熱燗にできる酒は、おいしくないとできない。だから僕はもう、熱燗しか飲んでいない」とマサさん、しょっぱなからパンチの強いメッセージをどんどん繰り出してきます。
「SAKEとは、『食材』なんですよ。加熱を急ぎすぎたら焦げてしまうし、足りないと生焼けになる。お酒に合わせて調理してあげないといけない」
……何を言ってるんだろう?
論より証拠。まずは名刺がわりの「にいだしぜんしゅ」(仁井田本家)の純米吟醸。
御燗につけるちろりは……なんと「ビーカー」!
「うちは銅と錫、そしてビーカーの3つを使っています。このお酒は繊細だから、金属の影響を受けないビーカーがいい」
御燗をつけるときは「燗どうこ」につきっきりで、温度計とにらめっこ。お酒を常に攪拌しています。「純米吟醸クラスは本当に手がかかる……大変」といいながら、カシャカシャカシャカシャずーーっと混ぜています。
しばらく温めるといったんちろりを取り出し、いったん放置。温度を下げて、また温めます。
「煮物だとおもってください。温度を下げるときに味がしみこむから」
ひとくちのんでみると……あぁ、おいしい。お酒と口の間に「壁」がまったくなく、するする染み込んでいきます。
「料理をひと口食べ、噛みながら飲んでください」
といわれたので、おつまみとひとくち。すごい、お酒が料理の味を増幅させる。ただ「合う」のではなく、料理を「噛みながら」飲むほうがおいしい……不思議だ。
「つまり、お酒は炊きたてのごはんなんです」とマサさん。
確かに、ごはん。どの料理(えび、たまごやき、きのこ)と合わせてもぴったり合うのがすごい。
……一応長年ものを書く仕事に携わってきた身として「具体的に」「わかりやすく」とさんざん学んできたのですが、Gatsは無理です。意味がわからないけど、ただただ美味しい。頭より先に口が「うまい」と勝手に喜んでしまいます。
続いての熱燗は「竹雀」。おつまみは「鳥刺し」。
「まずは醤油に生姜をといて、それをひとくち含んで飲んでみて」とのこと。
やってみると……うん、ダメなやつです。生姜のピリッとした刺激と醤油のまろやかな味が、ごはん(酒)でぶわっともちあがる。ここに「鳥刺し」があわさると、噛むごとに繊維の間にどんどん熱燗が染み込み、どんどんどんどん味が広がる。
「おいしい鳥刺しと、生姜の炊き込みご飯です」とマサさん。
意味不明だけれど、これは確かにほくほくの生姜ごはん。それも食べたことがないほどおいしい生姜ごはん。
ちなみに、「Gats」のお酒に「ぬる燗」はなく、とっくりを持つのが熱いほどの「熱燗」で提供されます。
※お燗は温度によって「ぬる燗」「人肌燗」「熱燗」など様々な呼び方があります。
「そんなんおいしいと思ったことある?」とマサさん。
「生煮えのごはんと同じ! はじめからぬるいものを作ってどうするんだ! ごはんだって、一度ちゃんと炊くから冷えてもおいしいだろう。飲み進めるなかでとっくりのなかでSAKEがぬるくなり、その味の変化を楽しむのが『ぬる燗』。それでいいでしょう」
いまさらですが、「SAKEはこうだ」なんて、別に正解があるわけじゃないんですよね。
次のお酒は…と、マサさん、何かの「粉」を投入! 本格的に「調理」しています。
「にいだしぜんしゅ 原酒」を…なんとだし割り燗に。
いただくおつまみも煮物。
「これは2つで一品です」とのことです。
ああ、しみる……。口の奥だけじゃなく、横にも上にも下にも、ぐいぐいきます!
料理は優しい味わいで、だし割燗の方が濃いめの味付け。二段階の濃さの違いでぐっとメリハリが付きます。
これ、永遠に飲めます。
(ここらへんから文が怪しくなってきます。熱燗トランスです)
次の熱燗「舞美人」(福井県・美川酒造場)と、3種のフライ。
特に酸味があるこのお酒を、マサさんは銅で温めて、錫に移動して、そこにちょっと冷ましたお酒を追加……と、とにかくいろいろやっています。そしてラストにエルダーフラワーを追加!
飲んでみると……まじでホットレモン!! アクエリレモン! すっぱいけどトゲがない。
これがフライの油を見事に切ってくれるのです。写真中央の「トマトフライ」との相性がすごい!
「よく、酒蔵に見学いくけれど、みんな『見る』だけで満足しているでしょう? それじゃだめなんだ。農家さんに会いにいくシェフの目線で、ここで作られている食材(酒)を『どう調理するか』を見極めにいっているんですよ」(マサさん)
レアのカモ肉には2種の熱燗をあわせます。
スッと美しい酒質のものと、優しく膨らみのあるものという、全くタイプの異なる熱燗ですが、これがもう、どっちも最高に合う。
マリアージュの正解は「ひとつ」ではないのだと気付かされます。
そして一番驚いたのが、冒頭で紹介した「にごり酒&ココナッツミルク&別のSAKE」ブレンド。
……熱燗って、いったいなんだろう? と思わずにはいられません。
お酒は自由に楽しむもの、とはいいますが、ここまで謎の調理をされるとは予想していませんでした。そしてわけがわからないほどおいしい。
このほかにも、めくるめく熱燗テクニックに圧倒され、気が付けば6合程いただきました。明らかに飲み過ぎですが、「帰ってビール飲まなければ大丈夫」というマサさんのアドバイスを守ったところ、不思議と二日酔いになりませんでした。
一体なんだったろう、この体験は……。
日本人すら知らない、自由で不思議、とてつもなくおいしい熱燗空間。
熱燗好きな方は、ぜひ体験してください。
熱燗のイメージがガラリとかわりますよ。
※ブログ掲載記事を再編集しています。元記事はこちら。