人間はアンドロイドと恋に落ちるのか
──サンフランシスコ発“分子SAKE”を飲んでみた

Written by Saki Kimura

日本時間の2月21日、TwitterのSAKEファンたちのあいだで“分子SAKE”が話題になりました。
分子SAKEとは、アメリカ・サンフランシスコのスタートアップ・
Endless Westが開発した商品で、エタノールやその他の化合物を組み合わせてSAKEの味や香り、テクスチャーを再現したお酒のこと。

これを報じたサンフランシスコ・クロニクル紙は「Synthetic Sake」と書いていますが、「人造」と訳すると「通常のSAKEも人の手で造ってるよね」と思えてしまいますし、「合成」と訳すると既存の「合成清酒」と線引きしづらくなるので、開発者がより好んで使っているという呼称「Molecular Sake」に基づき分子SAKEという呼び方で統一したいと思います。

今回、この分子SAKEをオーダーしてテイスティング。そのレポートを、アメリカのSAKEビジネスに従事する人々のコメントとあわせてお伝えしていきます。

“サステナビリティ”と分子SAKE

先ほども書いたとおり、日本にもSAKE風のアルコール飲料として「合成清酒」というカテゴリーがあります。アルコールに糖類や化合物を加えてSAKE風の味わいを再現したお酒、と聞くと、「安酒」「大量生産」といった言葉を思い浮かべてしまうかもしれません。
しかし、合成清酒が生まれたきっかけは、1918年に起こった米騒動。食用のお米を確保し、国民を食糧難から救うために研究・開発されたものだと言われています。
(酒文化研究所の論考にも
詳しいお話が掲載されています)

一方で、分子SAKEの誕生と深くつながっているのが、最近、環境問題で話題のサステナビリティ(持続可能性)。サンフランシスコ・クロニクル紙のインタビューによれば、開発者のEndless Westは、大規模な農業生産や大量の水を使わずにワインやSAKEを造ることこそが、地球に優しいものづくりであると話しています。

また彼らは、音楽の録音と保存を例に、分子による酒造りを「デジタル化の最後のフロンティア」と語っています。SAKEやワイン、ウイスキーの“いま”の味わいをコピーすることで、50年後の孫たちも同じ味わいを楽しめる、と言うのです。

さっそく分子SAKEを注文してみた

サンフランシスコ在住という地の利を生かし、さっそくEndless West公式サイトのオンラインストアから分子SAKE「KAZOKU」を注文。商品説明には、

日本語でfamilyを意味する「KAZOKU」は、SAKEを思わせる美しいバランスを備えたスピリッツ。青リンゴの皮や桃、ローズウォーターのような香りに、ほのかな甘みとキレ、やや芳醇なあと口。冷やしていただくのがオススメです。

と書かれています。アルコール度数は16%、価格は375mLで10ドル。注文は40ドル以上という条件つきのため、4本オーダーしてみました。

……すると、注文完了メールに「サンディエゴから発送」の文が。サンディエゴとサンフランシスコは同じカリフォルニア州の都市ですが、青森から大阪くらい離れています(約820km)。ラボはサンフランシスコにあるはずなのに、なぜサンディエゴから?

Endless Westのラボのご近所に醸造所を構え、彼らとも交流のあるSequoia Sake CompanyのNoriko Kameiさんによると、この分子SAKEは醸造酒(SAKE、ワイン、ビールなど)ではなくスピリッツ(蒸留酒)の扱いになるため、スピリッツ用の流通ライセンスを持っているディストリビューターを経由しなければならないのだそうです。アメリカ、酒類の流通に関するルールが実にややこしい。

そんなわけで、オーダーから6日後に発送メールを受信。その翌日、商品が到着しました。

分子SAKE、気になるその味は?

まずは常温でテイスティング。栓を抜き、瓶の口に鼻を近づけてみると……

あ! 吟醸酒の香りがする!!

吟醸酒に多くみられる青リンゴ様の香りがします。コルクの突起部分にも、フルーティな匂いがしっかり染みついていました(こちらも本物ではなく、プラスチック製のコルクですが。分子コルク?)

ボウル状のテイスティンググラスに注ぎ、ふたたび香りを確認。一度目は、瓶口から香ったのと同じフルーティなアロマが。しかし、もう一度嗅いでみると……

ん???

ちょっと違う香りがします。念のため、もう一度確認してみると、やはり違う。何度か吸いこむうちにフルーティな香りは消え、甲類焼酎を思わせるようなアルコール感の強いにおいが漂ってくるようになったのです。

気を取り直して、口に含んでみます。しっかりとしたコクがあります。くるみやアーモンドのような、豊かなナッツ感。「こういう味のSAKE、飲んだことある」と思わされる味わいです。テクスチャーはまろやか(“まろっ”という擬態語がぴったり)で、独特の重たさがあります。
しかし、時間が立つにつれて、先ほど香りからも感じたアルコール感・ケミカル感が立ち現れてきます。

サンフランシスコ・クロニクル紙のインタビューによると、彼らが目指したのは純米大吟醸の生原酒だそう。このしっかりとした味わいは、生原酒を再現しようとした結果なのでしょうか。しかし、吟醸酒らしい華やかなアロマとのバランスがうまく取れていない、という印象です。

グラス、調味料、温度を変えて飲み比べ!

飲食店や酒販店でお客さんにSAKEを売る仕事もしてきた私は、一本のSAKEを手に入れると、“いちばんおいしい飲み方”を見つけるために、グラス・調味料(料理の味つけ)・温度を変えて実験を行います。
分子SAKE「KAZOKU」についても、そのベストな飲み方を見つけるため、同様に実験してみました。

グラス
カクテルグラスのようなラッパ型のグラスがベスト。アルコールの刺激やケミカル感がなくなり、甘やかな香りもキープできます。
NGはストレートな形状のグラスやお猪口。喉が焼けるアルコール感が目立ち、口の中に“にやにや”とした嫌な味わいが残ります。

調味料(味付け)
ベストはバルサミコ酢。このお酒の持つ短所がまったく感じられなくなりました。これを応用すれば、酸味とコクのある料理とのペアリングで活躍してくれそうです。コクのある味噌、酸味のある酢とも好相性。塩や醤油は、ベストというわけではありませんが、分子SAKEの甘みを引き出してくれます。

温度
常温での味わいから予想したとおり、温めるとおいしくなります! しかし、温めれば温めるほど、SAKEの味わいからは遠ざかっていく印象。おいしさだけで言えば50℃がベストですが、カスタードクリームのようなレイヤーがありながら普通の燗酒よりサッパリ感がある……というアンバランスさも気になります。
ちなみに燗冷ましはNG。アグレッシブなアルコール感と、お漬物のような香りが突出してしまいます。公式サイトがオススメしていた冷酒はややスッキリして香りが際立ちますが、そのほかは常温とほとんど同じニュアンスでした。

蔵人&酒屋さんに分子SAKEを飲んでもらいました

サンフランシスコのSAKEのプロフェッショナルにも、分子SAKE「KAZOKU」を飲んでもらいました。

まずは、サンフランシスコのローカル酒造Sequoia Sake Companyを営むJake Myrick(ジェイク・マイリック)&Noriko Kamei夫妻。先述のとおり、彼らはサンフランシスコ・ドッグパッチに職場を構えるご近所さんとあって、Endless Westが「Ava Winery」と名乗っていたころから交流があるそうです。

3年ほど前に飲んだときよりは、よほどSAKEに近づいている」とNorikoさん。「ただ、前テイスティングをしたときに、開発者の方から『味わい成分はほとんど再現できるけど、麹のほのかな香りを造るのが難しい』という話を聞いたんです。そこはまだクリアできてないのかな、と」

Jakeは、「お米で造られたSAKEと口あたりが違う」。「初めの印象は大吟醸のように華やかだけれど、すぐに喉を焼くようなアルコール感に負けてしまう。発酵によって造られたSAKEと違って、バラバラの味わいを寄せ集めたような感じ」と首を傾げます。

また、Norikoさんは、「Sequoia Sakeのお客さんによく言われるのは、『SAKEはクリーンで、飲んだときに心地がよい』ということ。でも、この分子SAKEは飲んでいるうちにだんだん体が疲れてきてしまう」とコメント。
酔い方は、実はオーダー時からいちばん気になっていたこと。私もSAKEだけを飲んでいると決して悪酔いしない体質ですが、分子SAKEによる酔い方はどこか素っ気ない。とても感覚的なコメントになってしまいますが(官能というのはそういうものかもしれませんが……)、杯数を重ねるうちに身体が「ナチュラルではないものを飲んでいる」と違和感を訴えはじめるのです。

続いて、サンフランシスコのSAKE専門店True Sake創設者であり初代酒サムライでもあるBeau Timken(ボー・ティムケン)と、マネージャーのMei Ho(メイ・ホ)にも試してもらいました。

「マシュマロ……違う、ヌガーの味? 通常のお米というよりはもち米に近いかな。フルーツっぽさはないけど、旨味に似た強い味わいがするね」(Beau)、「私はコーヒーっぽいと感じたけど」(Mei)と、まずは通常のSAKEと同様にテイスティング・コメントをくれる二人。

「初めはSAKEらしさを感じたんだけど、そのあとハードリカーっぽくなっていく」とMei。Beauは、「SAKEっていうのは舌に密着して、広がるんだ。でもこれは、ただ舌の上を抜けていってしまうところが、ハードリカーと似ているかもしれない。だんだん、人工的なものを飲んでいるような感覚がしてくる」と、Jakeと同様、口の中での広がり方に言及していました。

テイスティングをしたすべての人(私含む)に共通していたのが、「第一印象はSAKEのようだけれど、だんだん違うものになっていく」という感想。誰もが、そのなんとも言い難い“違うもの”を、どう表現したらよいか苦戦しているようでした。
商品の背景について説明すると、ボーは「ロボット・サケってこと?」と苦笑いしていましたが、“人間らしくいられる制限時間が短いアンドロイド”、という喩えは、確かにしっくり来ます。

しかし、そうした厳しい意見がある一方で、「お米を原料として造られたSAKEの中には、この分子SAKEに劣る味わいの商品も存在する」という見解も一致しました。
今回はいずれのメンバーも分子SAKEだと理解をしたうえでテイスティングを行いましたが、プロフェッショナルではないお客さんに飲んでもらったり、ブラインドで提供したりした場合にポジティブなリアクションが来ることは大いに考えられます。

まとめ:SAKEとはなんなのか?

人間にそっくりのアンドロイド開発で有名な大阪大学の石黒浩教授は、アンドロイド研究を通して、「人間とは何か」を追究していると語ります。
SAKEに似ているのに、SAKEではない分子SAKEを飲む──この経験もまた、飲み手が「SAKEらしさとはなんなのか」と考えることを余儀なくさせます。
それは、科学技術の発達が実現した多様化の摩擦熱のようにして、“どこか似たようなもの”が多数生産される没ローカル・没個性化も同時に起こっている現代のSAKEのシーンに、ひとつの問題提起をしてくれると言えるかもしれません。

前述のサンフランシスコ・クロニクル紙には、こんな指摘がありました。

例えEndless Westがその味を実現し、しかもおいしかったところで、人々がそれを飲みたがる保証はない。多くのファンにとってワインやスピリッツの魅力とは人的な要素であり、その飲み物にある背景、土地や場所、伝統との結びつきである。(中略)人々はそうした酒を、その固有性のため、再現不可能性のために飲むのである。

果たして、人々がアンドロイドと恋に落ちる時代は来るのでしょうか? 味わいの再現度よりも、私は今回の分子SAKEという“現象”を評価し、こうした体験ができる時代に生まれられたことを心からうれしく感じています。
開発者へのインタビューや、一般のお客さんとのテイスティングなどを行った際は、またSakeTips!に記事を寄稿したいと思います。続報をお楽しみに!