KJの日本旅行記
Part 2:WSETツアー 兵庫&奈良編

Written by KJ Sakura

日本からサンフランシスコ・ベイエリアに戻ってから、2カ月以上が経過しました。帰国のわずか6週間後にはパンデミックが発生し、世界をここまで変えてしまうことになるとは想像もしていませんでした。こうした不確実な時を迎える前に、日本を訪れるという夢を叶えることができたことに感謝しています。この記事を読むことで、読者のみなさんが魔法の国へと旅立ち、現在の状況から少しでも解放された気分を味わうことができますように。

(Part1はこちら)

二日間の東京旅のあとは、Wine Spirit and Education Trust(WSET)と国税庁が主催する一週間のSAKEツアーに参加。世界中から訪れた我々参加者の体験を有意義なものとするため、アテンダントや翻訳者の方々が付き添ってくれました。一行はまず、関西エアポート ワシントンホテルのディナー・ビュッフェで顔合わせ。みんな時差ぼけしつつも、これから始まる冒険にワクワクしていました。夕食後は、ホテル2階にあるコンビニエンスストア・ファミリーマートで買い物しました。このお店は参加者数人の御用達になり、毎晩みんなで夢中になって買い物をしました(私も、毎日夕方になるとここで小さなサンドイッチとアイスクリームを買ってしまっていました──日本食がヘルシーだなんて誰が言ったの?)

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いよいよツアーがスタート。初日は、WSETのLevel1&3の発起人である菊谷なつきさんとMaster of WineのAntony Moss氏が特別セミナーを開催してくれました。日本以外の各国にも通用する、包括的で最新のSAKE教育プログラムを創造したこのお二人と一週間を過ごせたのは、本当に光栄なことです。この日は、各エデュケーターが自分のクラスを持つために、WSETプログラムの内容をどのように指導すべきかを学びました。
夕方にはバスで1時間かけて神戸へと移動。移動中、メンターの一人が、1997年に作られたヴィンテージの古酒、賀茂泉酒造の「SACHI」をみんなに分けてくれました。濃厚、深み、無限に続く余韻……キャラメルバター、ミルクチョコレート、味噌を思わせるアロマを湛えるこの60mLのお酒を、30分かけてじっくり味わいました。まさに、言葉にできないおいしさ!

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その夜は、私の人生史上最も小さなバー「sasa seiran」(座席が10席しかない!)にて、あふれんばかりのセレクションを堪能しました。私は日本語が読めませんが、知っている銘柄も多く、見覚えのあるラベルを見つけるたびに大興奮。一人3~4種類のSAKEをオーダーし、みんなで分け合って飲みました。テイスティングのハイライトは、広島県・榎酒造の「華鳩 貴醸酒」を再飲したこと。この一杯はトフィー、カカオニブ、黒糖……など、私が慣れ親しんだアロマをすべて兼ね備えていましたが、アメリカでいつも味わっていた特徴的な風味がひとつ欠けていました──私はこの貴醸酒には、うま味のあるオニオンパウダーのような味わいがあると思っていたのです。ところが、輸出の過程を経ていないこのボトルからは、その香りがまったく感じられませんでした。正直、日本版の方がめちゃくちゃ好み。これまで、あの玉ねぎのようなフレーバーをユニークな特徴として受け入れていたのですが、ひょっとすると「老ね香」と呼ばれるオフ・フレーバーと定義しうるのかもしれません。このあと日本を発つまでに「華鳩 貴醸酒」を二度試すことになりますが、いずれも玉ねぎの香りはなく、先に述べたようなピュアで官能的な香りを湛えていました。こうした品質の違いは、日本国外でSAKEの販路を広げるにあたり、改善されていかなければならないことでしょう。

翌日は、兵庫県にある4軒の酒造を訪れました。最初に立ち寄ったのは、私のイチオシ銘柄のひとつ、剣菱。純米酒と本醸造酒の生産をリードしている蔵で、私はSAKEを初めて飲むというアメリカの人々にはいつも剣菱をおすすめしています。剣菱の突出した個性には理由──1505年創業の老舗で、「止まった時計でいろ」という社訓を掲げていること──があります。流行に乗ろうとするとかえって後れを取ると考え、逆に伝統を守り続けることで、飲み手に喜ばれる確固たる味わいを創造しているのです。3時間の酒造見学の詳細は、今後のSakeTips!の記事で紹介できればと思います。

お昼には櫻正宗酒造へ向かい、レストラン「櫻宴」でランチタイム。訪問のお礼にと、お酒のラインアップとともに魚料理を供していただきました。それはそれは素晴らしかったのですが……丸焼きされた魚をどうやって食べればいいのかがわからない! 同席したメンバーの多くは慣れたもので、きれいに完食していたのですが、私のお皿は大惨事。5歳の子どもの方がもっとうまく食べられたんじゃないかな……。なお、おすすめされた目玉はさすがに食べることができませんでした。セ・ラ・ヴィ(人生なんて、こんなもの)!

この日はさらに2軒のツアーがあり、まずは「福寿」で知られる神戸酒心館を見学。販売員として長く取り扱ってきた銘柄ですが、神戸というエリアやお酒の各カテゴリーを代表しうる信頼性あるブランドだと常々感じます。最も印象に残ったのは、彼らのイメージ戦略と福寿ブランドへの深いこだわり。働く人たちはみんなおそろいの制服を着ていて、設備も丁寧に整えられていました。

最後は、1711年創業の大関を訪問。ちょうどコンペティション向けの大吟醸造りを行っていたためメインの醸造場には入れてもらえませんでしたが、1964年に誕生した“元祖”ワンカップ「ワンカップ大関」の瓶詰めラインを見学させてもらいました。ツアーの後は、楽しい写真撮影! おいしい生酒をおみやげにいただいて帰りました。

とても一日の日程のようには聞こえませんよね……しかもこのあと、神戸酒心館の「さかばやし」で、10人の蔵元社長を招いてのゴージャスな食事会が開催されたことを想像してみてください! さすがにヘトヘトだったとはいえ、こんなにも影響力のある方々と食事をご一緒できたのは至極光栄なことです。私はTrue Sakeで働いているあいだに半分以上の方々にお会いしたことがあり、見覚えのあるお顔をお見かけするととてもうれしくなりました。ところでこの日は、日本で「成人の日」と呼ばれる、20歳の成人をお祝いする日。SAKE業界のパワフルなリーダーのみなさんは、私たちと一緒に時間を過ごすためにこの日の予定を調整し、世界のSAKE教育のさらなる発展をお祝いしてくれたのです。

翌朝は日差しの明るい早朝に出発、SAKE発祥の地である奈良を目指しました。奈良といえば、天然の乳酸菌を含む水と生米を使った「菩提酛」と呼ばれる酒母を用いた菩提山正暦寺の酒造りが有名です。 現在、このお寺では酒造りは行われていませんが、奈良県中の酒造に酒母を提供し続けています。残念ながら正暦寺は訪れることができませんでしたが、大神神社と2軒の酒蔵、喜多酒造今西酒造を見学しました。

大神神社は酒造りの守護神とされる三輪山の麓に位置し、山そのものを本殿としています。神社での体験は格別でした。儀礼的でやや迷信的な振る舞い、蛇神に酒と卵を捧げるという日課……。神社というのは静かで落ち着いた場所にあると思っていたので、周囲ににぎやかなスナックが並んでいるのは驚きでした。このあと、旅の途中で何件かの神社を訪れましたが、真面目で軽快な神道と、私が育った恐ろしく厳しいカトリックの違いをとことん堪能できました。

この日の締めくくりは、奈良のお酒だけを専門に扱う居酒屋「うまっしゅ」でのディナー。地元の蔵人の方々がいらっしゃり、ありがたいことに、油長酒造の山本嘉彦さんともお話をさせていただきました。私はアルチザン(職人)的なSAKEを専門に取り扱うディストリビューター・Fifth Tasteを通じて同蔵の「風の森」を体験していますが、アメリカ市場におけるその人気ぶりを伝えることができて幸せでした。このお店の膨大なSAKEのラインアップを紹介してくれるガイドとして、ヨシ(山本嘉彦)さんはパーフェクトでした(全部試飲させてもらったんです!)。彼のお気に入りの中でも、ひと際目立っていたのが美吉野醸造「花巴 雄町」。濃厚な舌触りとさわやかな酸味のバランスがよく、アプリコットやスパイスの美しいアロマも持ち合わせています。このお酒がアメリカでも発売されたら定期購入するのに! 楽しい会話、そして素晴らしいSAKEとともに、賑やかな夜となりました。謙虚でありながらも力強さを感じさせ、フレーバーの中に複雑さと深みを備えた奈良県のお酒。この地域の歴史と菩提酛の技術がそれを培ったことは間違いないでしょう。