Drinker’s Note
鬼も惚れ込む宮城の“鬼殺し”──内ヶ崎酒造店「本醸造 みちのく鬼ころし」

Written by Saki Kimura

「『鬼ころし』っていうSAKE、知ってる?」

そう尋ねれば、SAKEが好きな日本人ならほとんどが「知ってるよ!」と答えるでしょうし、SAKEをあまり飲まないわたしの友人も「聞いたことがある」と言っていたくらい、有名な銘柄ではないでしょうか。

コンビニやスーパーマーケットによく並んでいますし、居酒屋などで見かけることもあります。

では、もう少し突っ込んで質問をしてみましょう。

「知っているのは、どこの酒造の『鬼ころし』?」

どうでしょう、あなたは答えられますか?
実は、この「鬼ころし」という銘柄、日本全国に100種類近くもあると言われています。

 

■ピンからキリまである「鬼ころし」

「鬼ころし」という名前の由来は、“鬼を殺すほど辛いSAKE”。辛口SAKEの代名詞として、全国の酒造・メーカーが辛口SAKEにこの名前をつけています。
その中には、料理酒などに使われる安価なパック酒もたくさんあるので、“鬼ころし=安いSAKE、悪酔いするSAKE”というイメージを持っている人は少なくありません。

ところが、同じ名前とはいえ100種類近くもあるわけですから、ひと口に「鬼ころし」と言っても味わい・品質はさまざま。
中には、鬼さえうっとりと惚れ込ませてしまうような、別の意味での「鬼ころし」も存在します。

今回ご紹介するのは、宮城県・内ヶ崎酒造店「本醸造 みちのく鬼ころし」
内ヶ崎酒造店の主要銘柄は「鳳陽」というSAKEで、吟醸酒や純米酒など多彩なラインナップをそろえているのですが、こちらの「本醸造 みちのく鬼ころし」は、アメリカ西海岸での販売を目指して開発された商品です(現在は日本でも買うことができます)。

 

■ぬる燗でわかる旨味×キレ味

先日、わたしが住んでいる米国・サンフランシスコで行われたSAKEイベントで、ご縁あって内ヶ崎酒造店のブースを手伝わせていただきました。

ほかの酒造が何種類ものSAKEをプロモーションする中、内ヶ崎酒造店が扱っていたのはこの「本醸造 みちのく鬼ころし」の一種類のみ。
その代わり、用意されたのは氷を張ったボトルクーラーと、IHコンロの上に乗せた大きな鍋。
現地に住むアメリカの人々に、冷酒と燗酒、両方の味わいを試してもらい、SAKEそのものだけではなく、飲み方の違いも楽しんでもらうという取り組みです。

わたしもプロモーションが始まる前に、きちんと味わいを伝えられるように飲み比べ(決して、ただ飲みたかっただけではありません……)。
特筆すべきは、その後ギレのよさ。冷酒だとスッキリ感は増しますが、イチオシは40℃前後のぬる燗。舌のうえでお米の旨味がふわりとふくらんだのち、”シュッ!” と、潔いまでに味わいが引いてゆくのです。

通常、SAKEは冷やすとキレがよくなりますが、ぬる燗は最も甘みが出る温度帯。にもかかわらず、このキレのよさは、なるほど“超辛口(Super Dry)”を謳うだけあります。
たっぷりとしたお米の味わいと、シャープなキレ味のギャップが堪らないので、ぜひぬる燗で試してほしい一品です。

 

■世界に伝えるのは“商品”ではなく“体験”

ブースを訪れた現地の人々は、冷酒と燗酒を交互に飲みながら、
「コレって本当に同じSAKEなの?」
「ぬる燗のほうが好きだな」
「燗酒は苦手だと思ってたけど、これなら飲める!」
と驚いていました。

特によい反応を見せてくれたのは、レストランでシェフとして働いているという人々。
「一本のSAKEでも、冷酒と燗酒で合わせられる料理が変わる」と感心している様子で、彼らのメニューづくりやペアリングに刺激を与えられたようでした。

SAKEの味わいが、温度によって大きく変化すること。「ぬる燗」という温度帯で甘みがふくらむこと。
日本では、だんだん知っている人が増えてきている情報だと思います。
アメリカでは最近、たくさんのお店でSAKEが飲めるようになっていますが、このように、SAKEそのものからもう一歩踏み込んだことを知る機会はなかなかないのかもしれません。

この日、取り扱ったSAKEはたった一種類でしたが、何種類ものSAKEをそろえる酒造のブースに負けないほど、たくさんのメッセージを伝えられる機会になりました。

イベントが終わって、わたしも一本お持ち帰り。栓を開けて少し飲んだあと、冷暗所にしばらく置いてみました。
一週間ほど経った後、グラスに注いでみると、ふわりと甘い香りが。よい熟成が働いたのか、常温で飲んでも十分甘く、まろやかな味わいに進化していました。
一方で辛口ならではのキレも健在で、うっかりゴクゴク飲んでしまいそうなのど越しのよさ。
イベント当日、「どんな料理にも合う」と聞いていましたが、マスタードやチーズなどを使ったおつまみと一緒に食べても腰折れしない味わいとなっていました。

温度だけではなく、時間によっても味わいがプラスに変化する内ヶ崎酒造店「本醸造 みちのく鬼ころし」。
今のアメリカでは広く”SAKE”が認知されていますし、売り上げも伸びているという数値もありますが、実際にアメリカで暮らしていると、日本での流行り方・飲まれ方とはちょっと違うな、と思うことがたくさんあります。
”SAKE”を本当の意味で世界のものにするためには、SAKEの名前やスペックでは判断できない、その”先”にあることを伝えてゆく必要があるはずです。

一本のSAKEはどこまでも奥深く変化しうること、そうした“体験”を世界に伝えることができれば、やがて文化として広がり、定着していくのかもしれません。
そんな大きな夢を思い出させてくれたのは、決して華やかな純米大吟醸ではなく、誰もが知る名前を持った、シンプルな本醸造酒でした。