3つの酒造をめぐる旅 – A Tale of Three Breweries

Written by Eduardo A Dingler
Translated by Saki Kimura
※トップ画像は世界一統の杜氏・津田さん

いま、SAKEの本場で何が起こっているのか。その実態を知るため、先日、日本を訪れました。
現在の日本のSAKEシーンの真っ只中にいる友人たちに会い、5日間という短い期間を有意義に過ごすためベストを尽くしました。

旅は東京からスタート。東京に住む友人レベッカ・ウィルソンの提案で、渋谷の居酒屋「高太郎」で会うことになりました。僕は彼女のチョイスを盲目的に信頼しています──彼女はいつも、東京でいちばんホットな場所に僕を連れていって驚かせてくれるんです。

快適で、高級で、評価も高いというこちらのお店では、白子やあん肝など旬の素材を取り入れた素晴らしい料理をいただきましたが、レベッカとチームのみんなにより、とっておきのSAKEとのペアリングも楽しめました。
ローカルの原料米それぞれの違いを演出した香川県・丸尾本店「悦凱陣」シリーズをはじめ、「最近のSAKEシーンを知るため」といってレベッカが紹介してくれたセレクションは感動的なものでした。

そして、この夜聞いたレベッカの言葉──「SAKEの需要が増えたことで、造り手は質を保つために奮闘している」──これは旅の間中、僕の心の中に響き続けることとなりました。

美寿々酒造にて熊谷さんと

翌日は友人のカズさんと一緒に、山々の連なる長野県を旅し、芦ノ田の美寿々酒造を訪れました。1893年に創業したこの酒造は、4代目蔵元杜氏・熊谷さんと4人の蔵人という小さなチームが運営。無濾過生のお酒にこだわり、シャープでトレンディな「おりがらみ」の商品も製造しています。

酒造の詳しいツアーのあと、熊谷さんと、「地方の米農家を支えることが、SAKE業界の発展には不可欠だ」と話し合いました。


このあと、諏訪湖の完璧な景色を眺めながら、やや浮き足立った気持ちで東京へと戻りました。次の日は、栃木県の外池酒造へ。栃木県は、若手杜氏の育成に力を入れている県として影響力があるエリアでもあります。益子焼で有名な町の中心に位置する外池酒造ももちろん例外ではなく、1940年代に創業して以来、素晴らしいSAKEや焼酎を生み出し続けています。

酒造を見学しながら、埼玉県出身で2014年から杜氏を務めている誠さんとお話をしましたが、彼のSAKEづくりへの情熱とワクワク感がひしひしと伝わってきました。例えば、地酒の造り手たちとアイデアを交換し合うことがいかに大切か、ということ──「僕たちは定期的に会って、お互いのSAKEを交換し、話し合って、学び合う機会を設けているんです」

彼のキャリアは、SAKEに興味を持った18歳のときから始まったそうです。まずは秋田県の北鹿酒造で、いま彼が外池酒造で用いている「秋田生酛」の手法を学びました。外池酒造は、「燦爛」と「望」という二つのブランドを中心に、良質な普通酒やどぶろくも生産しています。また、本州としては珍しく、大吟醸の酒粕を使用した米焼酎も造っています。フレッシュで口あたりはクリーミー、モモやプラムを思わせるフルーティさがあり、オンザロックやカクテルにぴったりの商品です。

外池酒造にて誠さんと

夜には東京へ戻り、翌早朝に和歌山県へ飛びました。ずっと惹かれていたにもかかわらず、なかなか訪れる機会のなかった和歌山県は、柑橘類と核果(梅や桃など硬い核のあるくだもの)などのフルーツで有名な地域。関西国際空港に南方さんと彼の7歳の息子、ユウキくんが迎えに来てくれました。

南方さんは和歌山市の酒造・世界一統の代表です。世界一統は博物学者・南方熊楠の父・南方弥右衛門が1884年に創業、以来香り豊かな純米大吟醸から芳醇な普通酒まで幅広いタイプのSAKEと、地元産のくだものを使ったフルーツ酒を造り続けています。

南部杜氏集団の中でSAKEづくりを学んだという津田さんは、世界一統で8年間にわたり杜氏のポジションを務めています。和歌山という土地に対する彼の若い感性が光るアプローチこそ、まさに同酒造が成功し続ける鍵。生産量は1000石と比較的少なく、津田さんの他5人の蔵人によって醸造が行われています。


異なる個性を持つ3つの酒造を訪れましたが、いずれもその土地のルーツに敬意を払ったうえで最高のSAKEを生み出し、成功しているのだということを教えてくれました。彼らをはじめとした多くの酒造によって、SAKEづくりという芸術が進化し続けている──その事実を知り、さわやかな心地よさを覚える旅となりました。