新型コロナウイルスがアメリカの晩酌を変える?
──コロナ禍における米国ECサイト事情

Written by Saki Kimura

新型コロナウイルスが落ち着いてくれない。2020年9月19日現在、わたしが暮らすサンフランシスコの新規感染者数は56名、家族が暮らす東京は218名だった。このパンデミックによって、「uncertain」(不確かな)という英単語を頻繁に聞くようになったが、いま起こっていることは、すべてが収束したあと、振り返ってみてようやく「あれはこういうことだったのだ」と納得するようなことなのだろう。憶測を語れないほどには状況が変動しすぎる半年間を、わたしたちは過ごしてきた。


健康への影響も悩ましいが、尾を引くであろうことは経済的影響だ。米国のテレビ局ABCは3月から8月の間にサンフランシスコで2000店舗以上が閉店、うちレストランは369店、小売店は303店にのぼると報じている。サンフランシスコの居酒屋「ROKU」が閉店すると聞いたときは悲しかった。輸入酒のほか、地元のローカル酒造Sequoia Sakeのお酒も扱っていて、チキン南蛮が名物の、日本の居酒屋らしい雰囲気を湛えた良店だった。サンフランシスコは依然として、ロックダウン解除のペンディング段階にあり、レストランはテラス席のみのオープンだし、半年も美容院に行けないせいでわたしの天然パーマが暴れ回っている。

一方、アメリカではこのパンデミックの間にむしろ成長を見せたビジネスがある。Forbesによれば、Netflixなどの映像ストリーミングサービス、Zoomなどのオンラインミーティングツール、外食NGの状況をカバーするスーパーマーケットにデリバリーサービス、消毒液メーカー──そして、酒販店だ。


3月からアメリカ各州で施工されたロックダウンにおける外出禁止令(Stay At Home Order)は日本の緊急事態宣言とは性質が異なり、破ると処罰の対象となるような厳しいものだった。生活必需品の買い物以外では外出を許されず、来る日も来る日も家の中で過ごすという状況はメンタルヘルスに大きな影響を与える。
そんな中で、人々の気分転換に役立ったのがアルコールだ。米国の「お酒のAmazon」と呼ばれる大手酒類EC「Drizly」によると、同社は前年比で同期間の売上7倍、平均購買量1.5倍を記録した。

アメリカは3 Tier System(メーカー/輸入・卸売・小売の役割を明確に分ける制度)によって、酒販店がレストランにお酒を卸すことはないため、いわゆる酒屋さんたちはレストランの営業停止に伴う影響を受けない。飲食店が大打撃を受ける一方で、特にオンラインの酒販サービスは飛躍的な伸びを見せた。

もちろん、SAKEも例外ではない。
カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点に、伊藤元気さんが立ち上げたEコマース「Tippsy」は、3月のロックダウン時売上が通常の500%程度に伸長。ロックダウン終了後も安定した水準を維持している。

「小売店舗の需要が単純に流れてきたというよりは、パンデミックの影響で消費スタイルが変化して、普段オンラインで買わないものがオンラインで買われるようになったのではないかと感じています」

伊藤さんが言うように、新型コロナウイルスによる外出禁止令は酒類の消費動向に変化を与えた。例えば前述のDrizlyは、企業やイベントの需要が大きいスパークリングが減り、家庭でカクテルを作るためのスピリッツのシェアが増えたと記している。
毎日のように家でお酒を飲んでいれば、違う酒類にチャレンジしてみたくなるというのは想像に難くない。その中にSAKEも入り込んだというわけだ。

オレゴン州ポートランドを拠点にSAKEのECサービス「Namazake Paul」を営んでいるPaul Willenberg(ポール・ウィレンバーグ)は、新型コロナウイルスによりオーダーのキャパシティをオーバー、スプレッドシートで作った簡素なウェブサイトを最新式のEC決済サービスを取り入れたホームページへと再構築しなければならなかったと教えてくれた。

「SAKEファンの方にも利用していただいていますが、いままではいなかったワイン好きの方が増えています。SAKEの歴史や知識を教えることで、レストランにおけるソムリエとの交流を恋しがっている彼らの心の空白を私が埋めているんです」

ロックダウンが終了したものの、売上は落ち着くどころかますますの伸びを見せているとPaul。

「SAKE全体の消費量は減っていると思いますが、飲食店で売れない分を吸収しているので、当店の売上は上がっています」

アメリカ初のSAKE専門店であり、18年の歴史を持つカリフォルニア州サンフランシスコの「True Sake」オーナーBeau Timken(ボー・ティムケン)は、約2週間の営業停止を経てオンラインオーダーを再開した当初、一週間で普段のひと月ほどの注文が入ってきたと語る。

「私は17年間(※取材時)、寿司レストランでしかSAKEを飲まないという人々に、『SAKEを家に持って帰ってほしい』と言い続けてきました。ウイルスは、私が人生を捧げて変えていこうと思っていたことを一週間でやってのけたんです」

依然としてオーダーは絶えないものの、ロックダウンの終了とともに売上の伸びはゆるやかになった。Beauが着目するのはその内訳だ。

「特に大量オーダーや高級酒のオーダーが減ってきていますが、だんだん経済的な影響が出てくるでしょうし、この傾向は今後も続くと思います。超高級酒やリーズナブルな価格帯の商品は大丈夫だと思いますが、80ドルから100ドルの価格帯の商品がしばらく苦戦するんじゃないかな」


「レストランで飲むもの」だったSAKEを、皮肉にもアメリカ人の食卓に届けてくれた新型コロナウイルス。飲食店の通常営業再開の目処が立たず、閉店も相次ぐ中、その完璧な穴埋めとなるほどの売上は見込めないかもしれない。

しかし、これは変化の「はじまり」ではある。何年と先、アメリカのSAKEのシーンを大きく変える──ワインのように日常の食卓でSAKEが飲まれることになるかもしれない変化の入り口に、わたしたちは立っている。飲食店から家飲みへのシフトではなく、「家飲み」という選択肢の追加だ。家でSAKEを飲んだ人は、レストランで飲むときとのどんな違いに気がついただろうか? 親しみのない飲み物を家で試すとき、足りなかった情報はなんだろうか──変わらない日々に刺激が欲しかったゆえの一度きりのオーダーだけで終わらせないために、わたしたちにできることはなんだろうか。

一方、もちろん、短中期的な売上を取り戻すことは急務としてある。この状況下で生き延びることのできる飲食サービスはどんなものなのか。依然としてSAKEにお金を払うのは誰なのか──単なる減少を減少だけとしてとらえず、その内訳を分析し、入り込む余地を見つけること。アメリカの、世界のSAKE市場で活路を見出していくためには、いまこそ「想像力」が鍵になる。