Brewery Report:

Brooklyn Kura – トレンドの中心地・NYブルックリンで若者を虜にするSAKEの未来

Written by Saki Kimura

ジョン・F・ケネディ空港に到着。メールボックスに新着メールが届いていないのを確認すると、発信履歴から未登録の番号にリダイアルする。電話に出た男性は、わたしの名前を聞くなり「ごめん、やはり取材は受けられない」と謝った──

「あまりにも忙しいので、取材先は限定している」という理由でペンディングされた取材依頼への返事を要求し続けて2週間。想定内のリアクションだが、滅多に来られるわけでもないニューヨークに降り立ったばかりのわたしは食い下がる。

「もうニューヨークに着いてしまったから、お酒を買いにだけでも立ち寄らせてもらっていい?」
「えっ? 君、サンフランシスコにいるんじゃないの? わかった、それなら話は別だ。何時がいい?」

二言、三言のやりとりで取材時間が確定する。電話を切り、Uberの車窓を横切る赤茶けたビル群を眺めながら、なるほど、これがニューヨークか、と考えた。

流行の発信地「インダストリー・シティ」というロケーション

アッパー・ニューヨーク湾へと続くゴワナス湾を背にずらりと立ち並ぶ、8棟のビル。いかにも工業地帯といった趣だが、一歩足を踏み入れればアート・ギャラリーやフード・マーケット、おしゃれなショップの数々が目に飛び込んでくる。
流行に敏感なニューヨーク州ブルックリンの若者のあいだで、いま最も注目を集める「インダストリー・シティ」。歴史的な工場と倉庫の跡地を活用したこの商業施設の一画に、Brooklyn Kuraはある。

「インダストリー・シティは、毎週のように変化しています。よい方向にも、悪い方向にも。新しいコンセプトを取り入れて、新しいビジネスを発信し、新しい人々を惹きつけるために」

そう語るのは、電話の主──Brooklyn Kuraの共同創設者Brian Polen(ブライアン・ポーレン)だ。

「やりがいのあるロケーション。インダストリー・シティを訪れる人の多くが我々の酒造を訪れてくれるのは素晴らしいことです」

2013年、東京で催された共通の知人の結婚式で出会ったBrian PolenとBrandon Doughan(ブランドン・ドーン)は、互いにSAKE好きということで意気投合。日本の各酒造でのリサーチなどを経て、2018年1月、ニューヨーク州初のローカルSAKEブルワリー・Brooklyn Kuraをオープンした。

造りを担当するのは、生化学者というバックグラウンドを持つBrandon。一方のBrianは、元アメリカン・エキスプレスのテクニカル・アナリスト。Brooklyn Kuraでは、ビジネス面をマネジメントしている。

「Brandonの知識とクオリティへのきめ細やかな集中力は、ハイクオリティなSAKEを造る上で不可欠なものです」と、Brian。「私はビジネスやオペレーションについてはあらゆる経験をしてきましたし、チームや組織のリーダーも務めました。今(Brooklyn Kura)のプロジェクトにももちろん役立っていますね」

タップルーム、その盛況の理由

Brianの鋭く的確なビジネス観は、ブルワリー事業のいたるところに現れている。ニューヨークの流行の最先端スポットであるインダストリー・シティというロケーションはさることながら、蔵を訪れてまず目を見張るのは、その広々としたスペース。

重たげな青い扉を開け脚を踏み入れると、目の前に広がるのはスタイリッシュなタップルーム。醸造所というよりはパブリック向けの飲食店のように見えるこのスペースは、地元のデザインスタジオCarpenter + Masonがデザインを手掛けたという。

「一般的なクラフト・ブルワリーよりも少し大きいですよね。これはまず、それなりの量のSAKEを生産することができなければ、SAKEブルワリー設立のための投資を正当化できないから。一定のキャパシティを担保して初めて、私の考えるビジネスは成り立つんです」

Brooklyn Kuraの収入の40%を賄うというタップルーム。金曜日から日曜日に一般に向けてオープンしているほか、イベント会場としても活用することも多いそうだ。

レストランや小売店へ流通しているのは、看板商品である純米吟醸「#14」と純米酒「Blue Door」、期間限定商品を含む2〜3種類のみ。タップルームではそれに加えて、この場でしか飲めない商品を含む7〜8種類のSAKEを味わうことができる。

口にしたとたん、透明感が高くみずみずしい風味が口と鼻を通り抜ける「Shiboritate #14(※看板商品#14のしぼりたて)」。
長野県産の酵母を使い、エレガントな香りとリッチな味わいを醸し出す「Lake Suwa」。
また、取材に訪れたこの日(2019年6月)、岩手県・南部美人から杜氏・松森淳次氏と製造部製品課部長・玉川聖士氏が訪れ、Brandonと共に初のコラボ商品である大吟醸造りを行っていた。

「ビールやワインの飲み手たちは、バラエティの豊富さに慣れているので、多様性を欲しがるんです。彼らの興味を刺激し、楽しませなくちゃいけない」と、Brianは語る。注文が入ると、一般的には生ビールに用いられるドラフトタワーから、ワイングラスへとSAKEを注ぐ。徳利の代わりにフラスコを使用するのもユニークだ。

ビールサーバーからワイングラスで提供すれば、アメリカの消費者のSAKEに対するハードルを下げられる。そうしたカジュアルなアプローチは、SAKE業界をより速く成長させるはずです」

ドラフトタワーの奥に張り付く窓からは、仕込みに使われるタンクが並ぶ醸造室内が覗いていた。

伝統的なSAKE、ユニークなSAKE

タップルームで飲めるのは、トラディショナルなSAKEだけではない。焼酎に使用される白麹を用い、キュッとした酸味が特徴の「Citrix」や、ビールのようなホッピー感を備える「Occidental」といったユニークな商品もある。(※2019年6月時点)

「日本のSAKEコミュニティからサポートを得るためにも、美しく伝統的なスタイルのSAKEが造れることもちろん証明したい」と、Brian。「しかし同時に、ここはアメリカで、お客さんの好みも(日本とは)違う。彼らは新しくておもしろいものを求めているんです」

ホールセールとしては、ニューヨーク州のほか、ニュージャージー、ペンシルバニアへを中心に、他州へも流通を開始した。しかし、アメリカのリテーラーとのやりとりは、彼らの造る生酒の冷蔵保存を保証できないケースが多いのも事実だ。

「時間はかかります。もう少し速く進めたいところですが、納得のゆくスピードで進んでいるとも思います」

この日、蔵を訪れていたJessica Joly(ジェシカ・ジョリー)──Sake Discoveriesのマーケティングディレクターで、Miss Sake USAでもある──は、「NYの若者はどんどんSAKEに興味を持つようになっています。Brooklyn Kuraがここにあるからです」と笑顔を見せる。

Sake Discoveriesとは、「酒サムライ」として知られる新川智慈子氏が代表を勤めるブランディング企業。Brooklyn Kuraは、こうした日系SAKEコミュニティと密なコミュニケーションを図っている。

「ブルックリンはいつも流行の中心地。ミレニアル世代(※1981〜1996年生まれと定義される)はいつもホットな場所を探しています。一般的なSAKEのファンではなく、今までSAKEを飲んだことがない新しい人々がSAKEを楽しんでいるんです」

「競争しない」という強さ

Sequoia Sake(カリフォルニア州)やColorado Sake Co.(コロラド州)、シャーロッツビル(ヴァージニア州)にもNorth American Sake Breweryができましたし、アッシュビル(ノースカロライナ州)にはBen’s Tune Upがある。たくさんの人がSAKEを造ろうとしている。この現象はアメリカの消費者にとってもエキサイティングなことですし、大きなインパクトになることを望んでいます」

Brianが語るとおり、近年のアメリカではSAKEブルワリーが次々と誕生しており、日本からの輸入も年々伸び続けている。「ほかの蔵と比べて、Brooklyn Kuraの強みは?」と尋ねたところ、「他の酒造とは比較しないようにしています」とバッサリ。

「結局、我々は彼らにおいしいSAKEを造ってほしいだけ。他の蔵に対してはなるべく協力的でいようと努めています。困難も多く、時間もかかる中、我々はなんとか成功しようとしているだけ。我々が成功することで、他の蔵も成功し、SAKE業界全体が成功することを望んでいます

SAKE業界で競争が起きやすいことに言及し、Brooklyn Kuraのあり方が理想だと褒めると、「マーケットが非常に小さいせい。極めて小さなシェアの中でなんとか生き延びようとするからそうなってしまうんだというのはわかります。でも、競争したり比較することは何ももたらさない」

日本からの輸入酒についても、「どんどんよいものが入ってきてほしい」とBrian。2020年には、アメリカでもトップレベルの人気を誇る「獺祭」がニューヨークで稼働予定だ。ますます多様化・激化するアメリカのSAKE市場を、Brooklyn Kuraは歓迎する。

「実際のところ、一人ひとりの消費者の好みは違います。ラガーが好きな人もいれば、ピルスナーが好きな人も、ホップ感の強いIPAが好きな人も、サワービールが好きな人もいる。シャルドネが好きな人もいれば、メルローが好きな人もいる。そういう経験をSAKEでもさせなくちゃいけない。だから、選択肢が必要なんです。日本の高品質なSAKEが手に入ることは、その機会を増やすと思っています」

そのビジネス観は、彼らがタップルームで多彩なSAKEを提供し続けることにもつながっているのだろう。

「我々は自分たちができる限りの最高のSAKEを造ります。世界最高のSAKEを造ることは我々のゴールじゃないんです」