Book Review:
SAKEの奥深さを知り、日本の美しさに触れる。
尾瀬あきら『夏子の酒』

Written by Mayuko

唐突ですが、数あるお酒の中で、SAKEは私にとって最も縁遠い存在かも知れません。少なくともこれまではそうでした。

手に取らないことに特別な理由はなく、なんとなく他のお酒を選んでしまいがちなのです。数年前の海外移住がそれに拍車をかけ、SAKEを飲む機会は今や殆どなくなってしまいました。

そんな私が最近、SAKE好きの友人との会話をきっかけに、SAKEへ漠然とした興味を抱き始めたのです。

 

「せっかくだし、よく分からないまま飲むより自分で積極的に選んで飲みたい!」という思いのもと、入門書に相当する本があるかその友人に尋ねてみました。

そこで紹介されたのが、『夏子の酒』という漫画です。

物語の主人公である夏子は、生まれ育った新潟から東京へ出て、広告代理店でコピーライターとして仕事をしていました。しかし、日本一のお酒を造ろうと実家の造り酒屋で熱心に働いていた兄の康男が病に倒れ、その夢を叶えられなくなってしまいます。

夏子は兄の意志を継ぐべく、故郷へ戻り日本一の酒造りをする決心をしますが、一筋縄ではいかず、目の前に立ちはだかる様々な課題に正面からぶつかっていくことになるのです。

結論から言うと、この漫画、SAKE初心者にはとてもお薦めです。

個人的に良いなと感じたことに、以下の四点が挙げられます。

1. あらゆる専門用語の丁寧な解説がある。 

 

 

これは、SAKE初心者の私が漫画を読み進める上で非常に大きな助けとなりました。

 

例えば、“吟醸酒”、“純米酒”、そして“本醸造酒”という、三つのお酒。

 

正直、何がどう違うのか最初の頃はさっぱり分かりませんでした。調べるのも億劫で、何の説明もなければなんとなく知ったつもりになって素通りしていたでしょう。

 

この漫画は、そこをきっちりとフォローしてくれます。

 

先述した各々のお酒についての説明を例に挙げると、漫画の第一巻で、夏子が、会社の上司や先輩達とクライアントの商品のキャッチコピーを考える場面が出てきます。その際、本醸造という言葉の意味を全員が理解しておく必要があるのですが、先輩達にはピンときていません。そこで夏子が純米酒を引き合いに出し、違いや特徴を説明するのです。

 

この様に、丁寧な説明が物語に自然に組み込まれる形で繰り返し為されています。

 

聞き慣れない言葉をわざわざ調べる必要がなく読書中のストレスがゼロ。痒いところに手が届くというのはまさにこのことで、「注釈が欲しいなあ」と思う箇所には必ず注釈が入っている為、初心者に優しい構成となっています。

 

2. 狭く深くというより、満遍なく、SAKEについて知ることができる。

 

 

SAKE造りに適したお米は? どの様な工程、どれくらいの期間を経て、SAKEは出来上がるものなのか? 機械と手作業の違いは? 店頭に置かれるまでの経緯、そして大衆に消費されていく様子は? 等、SAKEにまつわるあれこれを入門編としては申し分なく学べます。

 

SAKEの入り口に立ったばかりで、とにかく何か知りたいけれど、何から手を着けたら良いか分からない状態だった私には、過不足がなく理想的なスケールでした。

 

3. SAKE以外のことも、SAKEを通して学べる。

 

 

この漫画で学べることは、SAKEにとどまりません。

 

例えば、「お米作りがメインテーマと言っても差し支えないのでは?」と思うほどに、お米作りに関する描写が見られます。表面を軽くなぞるだけではなく、農業の背景と併せて詳細に描かれている為、農業への興味関心も自然と高まります。

 

もちろん、専門用語にはその都度丁寧な解説付き。気負うことなく読めるので、SAKEを通して自分の目の前にある世界がどんどん広がっていくのです。

 

4. 極端な話、SAKEに興味がなくても上質な娯楽として楽しめる。

 

 

漫画を読み始めて間もない頃、知識がないこともあり、「SAKEについてしっかり学ぶぞ!」と、実はかなり意気込んでいたのです。しかし、気づいた時には、「この後の展開はどうなるのだろう……」と、漫画そのものに夢中になっていました。

 

メインテーマはSAKEですが、SAKEを軸に描かれる人間模様や日本の風景が本当に魅力的で、強く心を惹かれたからです。

 

普段漫画を読まないので、全十二巻もの長編を紹介された時は読み切れるのか不安だったのですが、完全に杞憂でしたし、最後の一冊を読み終えた後も「続編出ないかなあ」と思ってしまったほどです。

 

都会暮らしと田舎暮らし、人間関係、理想と現実、本音と建前、また、日本の四季とそれに合わせた行事……。全十二巻を通して、いつの時代も私たちの心のどこかにあるテーマがふんだんに盛り込まれているので、本当に飽きません。

 

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SAKEという言葉しか知らなかった私が、『夏子の酒』を読み終える頃には、「SAKEについてもっと知りたい」「この素晴らしいお酒が世界中の人の元に届くと嬉しいなあ」と考えるまでになっていました。

 

上質な娯楽であると先にも触れた通り、日本の産業、文化、豊かな自然について改めて考える機会にもなり、視点をいくつも変えて楽しめたことも良かったなと思っています。

 

日常に思いを込めて、一つ一つの物事に丁寧に真摯に向き合い生活していくことが人生を豊かにする、そんな気づきさえ与えられた気がしました。

 

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SAKEを知るほどに日常の彩りが増す、そんな気持ちにさせてくれる、漫画『夏子の酒』。手元に置いて何度も読み返したくなる、心からお薦めできる良書です。